ピアニストであると同時に文筆家としても広い範囲で活躍している青柳いづみこさんの文集が、改めて単行本となって出版された。ここに掲載されているものは、今までに種々の音楽雑誌、公演プログラム、文庫他などに掲載されてきた青柳さんのエッセイ風な文章を集め、それらを総まとめにしたものである。
読みはじめてみると、実に興味のある内容と楽しい文脈に惹かれ、途中では止められなくなって一気に読んだ。この人の文には、たしかに読む者を惹きつける何かがある。青柳さんの研究テーマでもあるドビュッシーを中心とした話が多いのは当然のことながら、それらの展開の仕方がまったく見事なのだ。ひとつひとつの文章がとても丁寧に精魂込めて記述されており、広い知識とともに、この人の蓄積と裏づけといったものが、たっぷりとあふれているのに大きな魅力があった。何年にもわたる文章を集めたにしては全体の流れがよく、まとまった音楽物語風にも読めたが、こういうことは編纂の力とでも言うのだろうか。
文には7つのタイトルがつけられており、その中にいくつかのエッセイが集まっている形式。『シューマンのジレンマ』ではクララとの関係が興味深く、『ドビュッシーとパリの詩人たち』でも新しい事実を教えられた。タイトル『大いに飲み、食べ、語る』中の1章で、酒に対する記述があり、面白い。小学1年位より酒を飲んでいたと始まる一連の文からは、酒をたしなむ人生の楽しさと、人間的な暖かみが伝わってくる。タイトル『演奏することと書くこと』にある『批評の暴力』など、ちょっと深刻な問題にもふれているが、彼女のような家柄もよく、演奏もうまく、めっぽう筆が立つということに対して好感を持たない人がいることなども、文のとおり事実なのだろう。だが、今後だれに遠慮することなく、臆することなく、ますます蘊蓄ある文章での活躍をすればよいのだ。つづく『批評の諸問題』でも、批評家と演奏家の関係などをリアルに的を得た表現で記述しているのも、大きな問題提起の文である。演奏家より見た批評論など、今後も大いに参考となる。
タイトルの切れ目ごとに出てくる短いコラムの文からも、この人の飾り気のない人柄がにじみ出る。このエッセイ集には、音楽史の本などにはまったく見あたらない専門的な知識と、人間的にも楽しく面白い文章が同居しているところに、また魅力があるのだ。
ピアニストはもちろん、一般の音楽愛好家、音楽学生たちにも、ぜひ一読をすすめたい。そして、声楽家にも。