【書評】「双子座ピアニストは二重人格?」クラシックジャーナル 2005年1月号 評・中川右介

青柳いづみこ『双子座ピアニストは二重人格?』は、ピアニストにしてエッセイスト でもある著者のエッセイ集。

音楽そのものをテーマにしたものもあれば、自分の演奏活動にまつわるドタバタ的な楽しいものもあるが、後半の批評そのものをテーマにした、ちょっとシリアスなパートが興味深かった。

コンサート評で誉められても、その演奏家の仕事が急に増えるような効果はないらしい。ところが、貶されれば次の仕事が来なくなるという、マイナス方向にのみ、批評の影響力は働く。では、何も書かれないほうがいいのかというと、そうでもないらしい。音楽雑誌に何も批評が載らないと、それはそれでコンサートそのものが無意味だったように思えてしまい、落ち込む人もいるらしい。このように、批評される側からのコンサート評への意見が書かれている。批評する側は、その対象となる演奏家を選べるが、演奏家は批評家を選べない。誰に何をどう書かれるか、まったく予期できない。それなのに、批評家によって演奏家生命が絶たれる可能性もある。それはそれで仕方がないわけだが、問題は批評する側に、自分が書いたものが演奏家の人生すら左右する可能性があるという自覚があるかどうか。どうも、そうではないらしい。

本誌では、最初の数号は主筆の日記というかたちでコンサートの「感想」を載せていた。だが、終わってしまったものについて書くことに意味があるのかという本質的な問題にぶつかり、いまは載せていない。コンサート評を載せるようにすれば、コンサートの広告も入るようになり経営も楽になるのではないかとの意見もあるのだが、どういうかたちでコンサートを扱うか、思案中だ。青柳は、書かれる側でもあるが、コンサート評を書くこともある。その、書く側としての悩みも述べられており、それは私が抱えている問題に近い。

音楽雑誌でコンサート評を読むのは、何も当事者だけではない。そのコンサートに行っていない一般の読者も存在する。だが、その人たちにとって、コンサート評というのは、何のためにあるのだろうか。一ヵ月以上前のコンサートについて、すばらしかったと書かれても読み手としては、どうしようもない。たまたま自分も聴きに行っていたコンサートについて書かれたものがあれば、自分では言葉として説明できなかったものが解析されていて、参考になることもあるが、それは稀だ。

ライブ公演批評で最近気になったものに、ウィーン国立歌劇場日本公演がある。朝日新聞では、小澤征爾がかなり批判的に評されていた。週刊新潮では、小澤に対してブーイングの嵐だったという記事が出ていた。ところが、主催者のNBSが出している広報誌が届くと、「うちのお客さんはみな感激していた」としてその声を紹介するかたちで、批判記事に対する批判を佐々木氏がコラムで書いていた。その場にいなかった者としては、どちらが正しいのか、判断できない。

それに対して、CD批評は実用性に加えて筆者が書いていることが検証可能だ。その批評そのものが批評対象ともなりえるわけで、文芸作品として成り立つ。

書評も、CD評に近い。青柳いづみこは、現在朝日新聞の書評を担当している一人だが、それの裏話的なエッセイもある。コンサート批評は業界関係者にしか影響を与えないようだが、彼女の書く書評は、当該書籍の売れ行きを、いいほうに左右する(少なくとも、これまでに青柳さんが朝日新聞に書いてくれた小社の『マリア・カラス』と『ミケランジェリ』の二点は、書評が出た直後から注文が殺到し、たちまち品切れとなり増刷した)。

どうして、コンサート評と演奏家の関係は、このように幸福なものにならないのだろう、と思ってしまう。コンサート評は、ようするに、もともと文藝ジャンルとして無理な存在なのかもしれない。だが、欧米では立派に機能しているし、日本でも劇評などは、それなりにジャンルとして確立されているし、実用性もある。たとえば、毎月十日前後に新聞に掲載される歌舞伎の劇評を読んで、じゃあ行ってみようか、という気になることが時々ある。今月も新聞の劇評を読んだのがきっかけで国立劇場に菊五郎の『噂音菊柳澤騒動』を観に行ったところだが、それが可能なのも、約一ヵ月にわたり同じ演目が上演されているシステムだからこそだ。ひとつのプログラムが一回限りという公演システムにも問題があるのかもしれないが、同じ曲を何度も演奏したくても、それだけの集客力がないという現実もあるのだろう。結局のところ、コンサート評が成り立つ土壌がないのか、と堂々巡りしてしまう。

ここまで書いて、多分、コンサート評を書いている人は、それを聴きに行かなかった人のことなど何も考えずに書いているのだろう、ということに気づいた。もともと読者不在なのだ。きっと。(後略)

双子座ピアニストは二重人格?—音をつづり、言葉を奏でる
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