【書評】「双子座ピアニストは二重人格?」日本経済新聞 2005年1月13日夕刊 評・井上章一

私事で恐縮だが、私は若いころ建築家になることを、夢見ていた。設計のアルバイトにたずさわったこともある。こぎれいで器用にまとめる私の図版は、そこそこ重宝がられていた(と思う)。

あるとき、ふとしたきっかけで書いた文章に、正反対の評価をもらったことがある。下品で悪趣味だ、と。それがうれしくて、私は文章へ転身した。建築を、いともかんたんに、すててしまったのである。

ピアニストの著者は、ひねくれた世紀末風の読書傾向をもつという。しばしば、そういう文章も書いている。にもかかわらず、ピアニストとしては洗練と品位が、すてられない。そんな矛盾のただなかから、本書におさめられた音楽エッセーは、しるされた。

著者によれば、ドビュッシーも、悪魔的な何かにあこがれていたらしい。その点で秀才のラベルとは、決定的にちがという。同列に並記されやすい両巨匠の対比が、よくわかる。

洗練からの開放をもとめるのならさ、野性的なジャズをすすめたい。しかし、グルダの悲哀を知ると、そうも言えなくなる。アカデミックな音楽の重さを、身にしみて考えさせられた。

双子座ピアニストは二重人格?—音をつづり、言葉を奏でる
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