音楽界きっての異才・異彩敬愛と憧れに満ちた高橋悠治論
本著の著者、青柳いづみこは、長年の高橋悠治信奉者ではない。だからこそ、「孤高の音楽家・高橋悠治のテリトリー」に入り込むことに成功した。
なお、本著は青柳いづみこの「拝情的人物伝」である。それも大変な労作である。プロのピアニストである青柳の視点で書かれた、ピアニストとしての高橋悠治論であるが、専門書ではない。型通りの評伝でもない。しかしながら、高橋悠治自身の「名言」も多数紹介されているし、履歴や家族、友人、そして関係者の証言によって、ある音楽家が形作られていく過程をつぶさに知ることができる。そして、「第1章グレン・グールド」を初め、高橋を「通常の」プロのピアニストと比較する部分にも紙面を多く取っていて、一般の読者にも数々の配慮のある読み物になっている。
何より、この著書には青柳の高橋への敬愛と憧れが満ちている。
2012年に同じ「ドビュッシー企画」に招待された高橋と知己を得た青柳は、このユニークで稀有な音楽家に徐々に魅せられ、高橋と会話し、共演を重ね、さらに興味を持った。それから6年の間に、高橋に関する数多の批評やプログラムを世界中から収集し、若き高橋の草月センターでの活躍、クセナキス《エオンタ》《ヘルマ》の数々の逸話、「水牛楽団」にまつわる出来事、そしてその後を精査しながら、国内外の音楽界史上における高橋の位置、役割、偉業の数々を示し、現在も活躍を続ける「高橋悠治という怪物がこれまで辿った道」を見事に描出したのである。
以前より、この二人の共演は筆者にとっては不思議であったが、実は高橋から「連弾、やる?(第2章)」と青柳に持ちかけられたのだという。そのくだりについての紙面は、特に光かがやいて見える。青柳がとても誇らしく書いているところを想像するだに、微笑ましかった。