いのちの本棚
時間の芸術が生まれるとき
(前略)『バシュメット/夢の駅』(小賀明子/訳 アルファベータ)は、ヴィオラ奏者ユーリー・バシュメットの自伝。とりわけ彼にとって「生きる手本だった」リヒテルとの思い出が生き生きと描かれている。ピアニストのリヒテルもバシュメット同様、自由のないソ連邦時代のロシアで芸術家として生きた。二人は演奏旅行やステージだけではなく、家を訪ね、食事やゲームを楽しんだ。一緒に映画を見に行くこともあった。そんなとき「スクリーンをリヒテルの目で見ている自分」に気づいたという。
「ただ横にいるだけで人の底知れぬ力を引き出す」「生活の密度が濃くなる」といったバシュメットの評価からもリヒテルの「光」が感じ取れる。リヒテルと譜面、演奏するときの椅子の高さ、からだのどこに支点をおいて弾くか、練習時間について・・・。
青柳いづみこ著『ピアニストが見たピアニスト』(白水社)は、リヒテルをはじめとする6人のピアニストを取り上げ、経歴や逸話を的確に引き出し、音楽的な資質をあぶり出してゆく。著者はピアニストにして文筆家という稀有な存在として知られる。クラシック音楽というと、専門的な言葉が多く用いられ、この分野に精通していないと親しめないようなイメージがある。この本がそんな一般的な見方とちがって読みやすいのは、ピアニストとしての経験が大きな説得力となっているからではないだろうか。アルゲリッチの章の書き出しで「腕の太さ」に着目する。また、ステージで「何が起こるか予測がつかない」点では尾崎豊との比較も興味深い。「空前絶後のノリは、それが空前絶後であればあるほど再現はむずかしい」と。(後略)