高橋悠治 飽くなき欲望(2019年9月24日付 徳島新聞)

 20世紀音楽の旗手として鮮烈なデビューを飾って以来、常に意表をつく活動を展開してきた作曲家・ピアニストの高橋悠治。その道ゆきを取材と資料で書き下ろしてからほぼ1年。タイトルの「高橋悠治という怪物」がやや長いので、最近ではすっかり「怪物本」という呼び名が定着している。版元から取り寄せる際にも「怪物本10冊」という具合に。
 当のご本人は「高橋悠治という用務員」というタイトルが良かったとおっしゃる。これには理由がある。高橋がさる学校の一日講師で招かれたときのこと、生徒の一人が「用務員さんみたいな人」と感想を漏らし、父親がそれをツイッターに上げたところ、いたく気に入った高橋がリツイートした。このことは拙書の扉にエピグラフ(題句)風に記されている。
 この無名性を好むあたりが高橋のメンタリティーの面白いところで、本当は目立ちたがり屋なのだが、用務員風に身をやつすことで逆にひとびとの印象に残るように仕向けているのだ。
 そんな「怪物用務員」さんは81歳になった今も元気で、コンサートホールにライヴハウスにと八面六臂の活躍ぶりだ。演奏至難とされる現代作曲家クセナキスの作品を弾き、メゾ・ソプラノの波多野睦美とシューベルトの名作「冬の旅」を共演し、バリトン・サックスの栃尾克樹を加えたユニット「風ぐるま」の公演では、自作をまじえたユニークなプログラムを披露する。
 「新宿ピットイン」でジャズミュージシャンの坂田明と即興セッションを繰り広げ、音楽祭「ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2019」ではワーグナーの楽劇パロディーで喝采を浴びた。舞踏家の田中泯とは即興で、山田うんとは自作やサティのピアノ曲でコラボレート。かと思うと、哲学者の宇野邦一と政治思想を巡る対談をしたり、私設図書室におけるセミナー「目利きが語る”私の10冊”」で愛読書を紹介したりと幅広い。
 作曲活動も盛んで、ジャンルの異なる4作品を手がけているという。日本の詩人による歌曲集、ロシアアヴァンギャルドの詩によるデュエット曲、「アルディッティ弦楽四重奏団」のための新作、そして昨年亡くなった盟友小杉武久にささげるピアノのソロ曲。
 高橋の悩みは、これら4作品が思わず知らず似てきてしまうことらしい。作曲時期が重なる場合はそれぞれ異なるアイディアを考えるように心がけるが、それにも限界がある。何とかしなければというのだが、話をきいた私は気が遠くなりそうだった。ただでさえ高橋の活動はテンデバラバラなのである。この上、自作品までお互いにテンデバラバラにしたいのか。
 自らを繰り返したくないという飽くなき欲望。まさに「怪物」なのだが、ご本人は用務員の隠れみのを来たがっている。

高橋悠治論
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