【書評】「無邪気と悪魔は紙一重」東京新聞 2002年6月9日 評・菊島 大

著者に聞く

清純な女性こそ 男には『災難』の元

「まことに無邪気と悪魔とは紙一重。ひそかに思いあたる方はご用心!」と著者のピアニスト青柳いづみこさんはジャブを入れる。思いあたる男性諸氏は少なくないはず。あの吉行淳之介氏でさえ晩年にこう言っていた。「女は分からないということが分かった」と。本書は女性による女性論。「松の事は松に習え」との芭蕉翁の至言に従い、女 性の事は女性に習え―。

「実は女性たちから総すかんを食らったんです。男性たちは喜んでくれたのに」 同性による女性観への風当たりはなぜか強いようだ。「イノセンス(無垢)は残酷」とも言われるが、まずヤリ玉にあげられるのは“つれなき美女”のサンプルとして、太宰治の新釈『お伽草紙』から「カチカチ山」の一編。タヌキ君、ウサギちゃんの清純さに惚れ込んだまではよかったが、なんとウサギちゃんの手練手管によりひどい目にあうという女難の話である。

ついで俎上に載せるのは、ついうっかり無意識のうちに悪をなしてしまうファム・アンファン、つまり何の悪意もないのに男性たちをきりきりまいさせる清純な女性たち。その代表格としてドビュッシーのオペラ『ペレアスとメリザンド』のメリザンドをご指名。王子ゴローと妻メリザンド。その兄嫁を愛する異父弟ペレアス。ことさら何をするでもない妖精めいたメリザンドなのに、兄が弟を殺すという惨劇を招いてしまうのだ。

「ファム・アンファンって蹴飛ばしてやりたくなる。努力もしないでモテるなんて! でも、私ですら悪意がないのに〈あなたの存在そのものが人を傷つける〉と言われたりもして、コワいものだなあ、と思います」

青柳さんは東京芸大大学院博士課程修了後、フランス国立マルセイユ音楽院を首席で卒業、ドビュッシー弾きとして知られるが、「ドビュッシーは女性に追いかけられ、恋愛にたけていた人。途中で頂点を築くかにみえても、その後が長いのが彼の音楽の特色です」とほほえむ。

「男性論ですか? 男性のことなんて分かんないですよ。どうせ男と女は違うもの。そういうものとして余り突き詰めないことですね」

「男と女の関係は不条理」(カミュ)なのか。分からないから面白い。異文化同士だから、ドラマも生まれるのだろう。

無邪気と悪魔は紙一重(単行本)
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