【書評】「青柳瑞穂の生涯 真贋のあわいに」週刊朝日 2006年12月8日号 評・温水ゆかり

愛でたい文庫

古美術蒐集家にして仏文翻訳家の青柳瑞穂(1899~1971)その祖父をピアニストにして作家の孫娘が描く評伝。01年、日本エッセイストクラブ賞を受賞した労作にして力作、秀作である。

祖父は骨董を肴に酒を飲むとき、孫娘によく相手をさせた。戦前、近所の古道具屋から尾形光琳の肖像画(のちに重要文化財)あいてを発掘した目利きの瑞穂が、この頃ご執心だったのは色鮮やかな乾山陶。素朴な土器が好きだった少女には、どこがいいのか分からない。戦後の2大贋作事件のひとつになる乾山は、瑞穂の晩節を少なからず傷つけた。どしてあんなものを。いらだちにも似た祖父への違和感が、この本の通奏低音になっている。

文壇史、郷土史、阿佐ヶ谷文士の交遊録、さらに分け入る作家論、翻訳論、真贋論など、本書の懐の深さに瞠目する。かつ、祖父を腑分けする筆致も圧巻。容赦のなさと情け深さが同居しているのだ。

著者の誕生直前、瑞穂の妻は自殺した。闇に堕ちた瑞穂をうかがわせる小説が残っている。夫の骨董好きと美食から生活に倦み果てた祖母、原稿を取っておいた嫁(著者の母)。昭和の生活誌ともいうべき行間から、女達の哀感がたちのぼるのにも感じ入る。

青柳瑞穂の生涯 真贋のあわいに
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