「異端」の心理 同業者の目で
グレン・グールド。稀代の天才ピアニストであると同時に、奇癖や奇行でも注目された,50歳で世を去った「異端」の心理や行動を、現役同業者の視点から解き明かそうという試みだ。「単なる変人で終わらせるのは違う。この本は彼を毛嫌いする人のために書いた気がする」
1932年にカナダで生まれた「異端」の天才は、一発勝負が求められるコンサートステージでの演奏活動を拒否し、スタジオで録音することにのみ活動を限定していった。不可解な行動は大きな波紋を起こし、さまざまな評論や研究の題材として扱われてきた。
ところが、同じピアニストの視点からすると、必ずしも不可解には映らない。「ピアニストの悲劇は、真に霊感を得た演奏をしたところで、それを再びくり返さないことには認められないというところにある。(中略)霊感にはかぎりがあり、演奏家はセルフ・コピーを余儀なくされる。そして、ついに霊感が枯れ、すばらしい指も衰えを見せるときがくる」(はじめに)
自身、演奏会前はとてつもない重圧を感じる。グールドは極度の緊張で手が冷たくなるため、演奏直前まで熱い湯に漫していたが、青柳さんは「焼酎の一升瓶を半分空け、明け方5時半を過ぎているのに眠れない」。
重圧の中で年に何十回とスデージをこなし、ついには演奏家としてつぶれてしまう例は何度も見てきた。しかし、ステージを続けなければ、クラシック界から消えていってしまう。この理不尽に敢然と立ち向かったのがグールドだと強調する。
ただ、演奏活動を一切やめたことは、同じピアニストだからこそ納得がいかない。自分でも考えられないような霊感が降りてきて、客席と一体となった演奏ができたときの快感は、何物にも代え難いはずなのに。「彼のCDはスタジオ録音が大半。うまいとは思うけど、感動はしない。むしろステージで活躍していたころの演奏は本当に魅力的。同時代にいたら追っかけをやっていたかも」
東京生まれ。仏マルセイユ音楽院を首席卒業、東京芸大大学院博士課程修了。大阪音大教授のほか、グールドが「嫌い」といってはばからなかったショパンの日本協会理事を務める。まだ生きていたら聞いてみたいことはーの問いには、「ファンでもないし、探偵が犯人を追い詰める感じで書いたので、生身の人間としては興味がない。私も彼と同じくらい勝手かな」と、いたずらっぼく笑った。
東京報道 池田静哉