【書評】「無邪気と悪魔は紙一重」毎日新聞 2002年6月2日 評・池内 紀

本と出会う-批評欄

女性の魅力の種明かしにギクリ

本読みの本をめぐるエッセイ集。だが、これを書いた人は、ふだんは本よりも楽譜をにらんでいる。活字よりもピアノの鍵盤にくわしい。

「私は、書店や古書店、図書館など本が並んでいるところに行くのが苦手で、ものの五分もたたないうちに頭が痛くなる」
たまに出かけても、すぐに疲れはてて早々に退散する。つまりがそういう「読書家」なのだ。その人の手から、とびきり楽しい本が生まれた。

目次をひらくだけで、毛色の変わりぐあいがわかるだろう。太宰治『カチカチ山』、泉鏡花『沼夫人』につづいて阿部次郎『三太郎の日記』が入っている。よほどの本読みでも、長らく忘れていた書名ではあるまいか。

久しぶりに、まこと久しぶりに有島武郎や椎名麟三と再会した。モーリャックを思い出した。

谷崎潤一郎『痴人の愛』、ピエール・ルイス『女と人形』などと並んでハーディ『日陰者ジュード』ときた。ハーディ……トマス・ハーディ? たしか受験英語の長文解釈で出くわした覚えがある。恐るおそる頁をくると――

「夫婦間のセックスレスが社会問題になっている」
そんな書き出し。つづいて渡辺淳一や内館牧子が引き合いに出され、それからトマス・ハーディの『日陰者ジュード』に入っていく。受験英語とちがって、こちらの長文解釈は抜群におもしろい。現代社会のセックスレス現象を、ヴィクトリア朝イギリスに「先どりしたような小説」であるからだ。

読むのは好きだが、本屋に出かけるのは大嫌い。では、どうしたか? 趣味人であり、名うての読書家だった祖父の書棚から失敬してきたらしい。

ピアニストが楽譜を抜きとってきて、指慣らしに弾いてみるのとよく似ている。ほんのエチュードのはずが、いつのまにかのめりこんで本気になって弾いている。同じショパンが、演奏家しだいでさまざまなショパンとなるように、おのずと解釈が入ってくる。とたんに三太郎や日陰者ジュードや椎名麟三が、まさにいまのこの同時代人のようによみがえった。

さすがプロの指先が抜きとった。手当りしだいのようでいて、ちゃんとテーマが一貫している。つまりタイトルのいうとおり、「無邪気と悪魔」のあいだの紙一重、そのなかでさまざまに変幻する女たち。網をはったり、押しかけたり、こばみ、じらしたりして男を翻弄する女たち。「子宮後屈からくる内膜炎」を診断してから、有島武郎の『或る女』を語っていくなど、男が夢にも思いつかない発想にちがいない。

「……こうした症状は、普通は更年期を迎えた女性に特有のものなのだが……」
「これも女性によくあることだが……」
「ともあれ女性の魅力のからくりを熟知している私たちは……」

そのたびに私はギクリとして、あらためて前後を読み直した。男がきまって心ひかれる女性の謎というものは――かわいそうに――しょせんは男の「勘違い」といいかえていいものらしい。ピアニスト青柳いづみこは、鍵盤の万分の一秒の誤差にも鋭敏に反応する。同様の勘の鋭さがいたるところにあらわれている。

「かすかなきらめきをもつ音のつらなりがさまざまに組みあわされ、オルゴールのような不思議な音色をつむぎだす」

ラヴェルのピアノ曲に触れたくだりだが、「音」を「文字」に置き直すと、ぴったりこの本の特徴を要約している。

無邪気と悪魔は紙一重(単行本)
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