【関連記事】「グレン・グールド 未来のピアニスト」レコード芸術 2012年5月号 文・青柳いづみこ

特集 再聴 グレン・グールド

素顔のグレン・グールド~1955年《ゴルトベルク変奏曲》”以前”のグールド

「グールド以前」のグールド録音

他人の演奏会に行くと、いつもひどく落ち着かなくなる、とグールドは言っている。 理由は、演奏家心理がわかってしまうからだ。私たち専門家も、グールドの心理がわかる……ような気がする。その気になれば、グールドが本音をもらしているような記事も見つかる。たとえば、次のような。「私が聴衆を相手に弾く曲と、自分のために弾く曲は、昔から完全に別なのです」と彼は、1959年のあるラジオ番組のインタビューで語っている。「人気のあるピアノ曲のレパートリーは、10代の頃から精通していました。実際、12歳ないし13歳の我が栄光の日々には、オール・ショパン=リスト・リサイタルを開いたものです―実に見事な催しでしたが―16歳ごろから曲を選び始め、余分な曲を取り除くようになりました。 私があまり好きでない曲、ではなく、私をあまり好いてくれない曲を、でしてー」『グレン・グールド発言集』グールドもまたそうだったのか。弾きたい曲と人前に出せる曲のギャップに悩む演奏家たちはほっとするかもしれない。

16~17世紀の鍵盤音楽、ベートーヴェン、新ウィーン楽派という曲目でデビューし、1955年収録の《ゴルトベルク変奏曲》で大ヒットをとばしたグールドは、のちに前期ロマン派を好まないという態度をとるようになった。「好いてくれない」を「好きではない」にすり替えるあたりが、グールドのグールドたる所以か。

私が聴いた”グールド以前”の録音は、1999年の国際学会の折りに紹介された14歳のときのプライヴェート録音や、55年以前のCBCでの放送録音をまとめた6枚組の『ザ・ヤング・マーヴェリック』、デビュー前も含めたステージ演奏家時代のライヴを集めた6枚組の『イン・コンサート』などである。14歳の録音は、自宅でオープン・リールのレコーダーに吹き込んだもので、ショパンの《即興曲第1番》、《同第2番》、メンデルスゾーンの《ロンドカプリチオーソ》、師ゲレーロが編曲したクープランの《パッサカリア》などが収録されている。

「ロマンティック」で「レガート」なグールド

珍しいグールドのショパン演奏は、いろいろなことを教えてくれる。まず第一に、20世紀を代表する「クール」なピアニストと思われている彼が、当初は19世紀的ロマンティシズムをひさずっていたこと。メロディと伴奏をずらすやり方や自在なルバートは、ブラインドで聴いたらコルトーと見紛うほどだ。第二に、音をポツポツ切った「デタシェ」の奏法で有名な彼が、極上のレガートでショパンのカンタービレを弾いていること。 そして、完全無欠なテクニックの持ち主と思われている彼が、実は技巧的にかなり弱点を抱えていたこと。肩を閉めて弾く彼の奏法は左右の急激な跣躍に対応しきれず、《即興曲》や《ロンドカプリチオーソ》のオクターヴ部分で派手なミスタッチが出ている。

これらの作品が音楽的に平易だというつもりはないが、単純に技術面からいえば、小学生でも弾きこなす課題である。左利きだったグールドは、右手の華やかな技巧が必要なロマン派よりは、左右の手に均等な動きが求められるバロック音薬に向いていた。14歳のときに収録されたクープランの《パッサカリア》の見事な演奏は、そのことを証明している。もっとも、解釈という面では、後のグールドのスタイルとはまったく異なっていた。グールドはわざわざピアノをハープシコードのように改造し、ペダルを使わずに「デタシェ」を多用してバロックを弾いたことで知られる。しかるに、《パッサカリア》の演奏前に収録した「演説」で、14歳のグールドは未来の自分を否定する。

多くの人が、この時代の作品を演奏するときは「ペダルを使わず単調に」弾くように言うが、「ハープシコードに備わっていないものをピアノで犠牲にしてはならない」とグールド少年は主張する。「反対に、ハープシコードに特有のものは、ピアノで印象主義的に効果を出すべきなのです。わたしがこれからそれをやってみますので、お聞きください」(ケヴィン・バザーナ『神秘の探訪』) そうして始まった演奏は、ペダルをたっぷり使い、アルペッジョを朗々と響かせ、バスにオクターヴを足し、ソプラノに重音を加え、まるでブゾー二の編曲のようである。 トスカニー二を嫌ってフルトヴェングラーやメンゲルベルクを好み、15歳のとき『トリスタンとイゾルデ』を聴いて滂沱の涙を流したというグールドの感性は、後期ロマン派にもっとも近く、放っておくと際限なく歌ってしまうタイプだったようだ。

「時代」と「自分」を折り合わせた「1955年」

しかるに時代はトスカニーニ全盛時代で、グールドの言によれば、「私が聴き親しんできた実に多くのピアノ演奏に対する反動」から「早く始めてさっさと終わりにしましょう」というムードに支配されていた。学生時代、自分のマーラー好きを口に出せなかったグールドは、技術的な制約とともに時代の耳との折り合いをつける必要を感じたらしい。CBCに残されたデビュー前のラジオ放送録音からは、さまざまな試行錯誤のあとが伺われる。1950年代にCBCに初出演したグールドは、ベートーヴェンをいくつか試したあと、「急激な跳躍」を伴う作品を退けた。新ウィーン楽派の演奏は、耽美的なものから理知的でシャープなアプローチに変化した。

バッハは52年からとりあげ、54年6月に初めて《ゴルトベルク変奏曲》を収録している。このときはまだ、左手と右手をずらすなど19世紀的スタイルの名残が認められるが、1年後のデビュー録音盤ではきれいさっぱり払拭され、超越的でモダンな演奏になっている。公表されている55年盤のアウトテイクは、グールドがグールドになるための「最終的な仕上げ」を記したドキュメントとしても興味深い。  55年版の《ゴルトベルク変奏曲》は、自分の資質と時代の潮流を冷静にに見極めたグールドがこれしかないという一点に向かって自分自身を彫琢していった結果の作品だった。14歳のプライヴェート録音との落差にこそ、グールドという巨大な天才の真実が潜んでいる。

グレン・グールド 未来のピアニスト
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