関東大震災後、貧乏な文士たちが中央線沿線に越してきた。筆頭は『荻窪風土記』の井伏鱒二。彼を中心として、「阿佐ヶ谷会」が起こり、将棋会や宴会などが催された。会場の一つは、著者の祖父であり、フランス文学者・骨董蒐集家の青柳瑞穂の家であった。
著者は、場所と人の縁をたどりながら、阿佐ヶ谷会の様相を描いている。ただ、「純文学に徹して清貧に甘んじた」文士を支えた女たちも見逃さない。着物を質に入れて会費をまかなう夫人たちに、脳溢血で半身不随となった上林暁を支えた妹の徳廣睦子。
名だたる文士にも、名もなき生活者にも等しく向ける著者の眼差しゆえに、人々が集まるのだろう。2002年から同場所で「新阿佐ヶ谷会」が発足、ピアニストでもある筆者のコンサートも行われている。打ち上げは決まって界隈の飲み屋。阿佐ヶ谷の街並みが目に浮かぶようだ。
飲み、語らい、生まれてゆく、学知と人の縁。コロナ禍の今、「阿佐ヶ谷アタリデ大ザケノンダ」、そんな夜が戻る日を待ちながら。