【書評】「水の音楽(平凡社ライブラリー)」中日新聞2016年12月10日付夕刊

青柳いづみこの執筆活動が旺盛だ。むろんこの人の本職はピアニストだが、ともかく手八丁口八丁で、出したディスクの数を著書がはるかに上回る。そんな文学才人ぶりに目くじらを立てる向きも多いが、文武ならぬ文芸両道のクラシック・ピアニストとして中村紘子以来の逸材といえよう。

その青柳いづみこの新著が『ショパン・コンクール』(中公新書)だ。30年近く前に書かれた中村紘子の名著『チャイコフスキー・コンクール』と比べたくなるが、正統的な音楽・文明批評を行う中村に対して、青柳はジャーナリスティックな機動力に富む情報性と、技術の分析に秀でている。

だが、本稿のお薦めは青柳の『水の音楽』の新版(平凡社ライブラリー)である。じつに面白く読み応え充分の私小説「さらば、ピアノよ!」が増補されているからだ。

ここには、日本のクラシックのピアニストがどれほど煩わしい営業活動を行わなければならないか、微に入り細を穿って活写されている。その点でゴシップ的な興味もあるが、何よりユーモアたっぷりの文体がそうした暗さを突きぬけて、音楽への力強い賛歌になっている。この一作で青柳は文筆家として一皮むけたと思う。(ペレアス)

水の音楽
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