【コンサート評】「安川加壽子記念会 第12回演奏会」音楽の友2016年12月号

現代まで脈々と受け継がれる安川加壽子のもたらしたピアニズム

演奏や教育を通じ、日本の音楽界を牽引した存在である安川加提子。軽やかなタッチが生み出す陰影に富んだ音色、軽快なテンポによって繊細に紡がれていく音楽、個人の音楽性を大切にしながら導き出していく指導は多くの人々に敬愛され、文化功労者に顕彰されたことをはじめ、多くの賞も授与された。「安川加壽子記念会」は1996年に他界した彼女の偉大な功績を音楽界に残したいという門下生たちの強い願いから発足し、これまで演奏会の開催による収益で安川の音源復刻や新しい才能の発掘に務めており、今年第12回演奏会の開催を迎えた。

演奏会の前半は、今年の6月に開催された「第8回安川加壽子記念コンクール」の入賞者(第1位から第3位まで)が出演し、それぞれコンクールの本選選択曲を中心に演奏。歌心、充実した技術やリリシズム溢れる表現など、三者三様の魅力を聴かせた。第3位の小林遼はショパン「即興曲第3番」とリスト「巡礼の年第2年《イタリア》」から〈ダンテを読んで〉を演奏。ショパンでは冒頭の音型で導き出した1本のラインを意識しながら丁寧な「うた」を聴かせ、〈ダンテを読んで〉では、その溢れる歌心を作品の劇的さと結びつけ昇華させた。第2位は吉見友賞。現在高校1年生の彼は、近年のコンクール入賞者の低年齢化を体現する存在といえよう。ラヴェル《クープランの墓》からの抜粋、プラームス『パガニーニの主題による変奏曲第1集」選曲し、脱力を巧みに活かした重力奏法によって、あらゆる細かいパッセージや分厚い和音を掌握し、洗擁された技術を聞かせてくれた。最後の登場は第1位の上原琢矢。ラヴェル《夜のガスパール》を選曲したが、ラヴェルの作品が持つ色彩感と情景を的確に表すためには、力強さと精密さを兼ね備えた確実なテクニックは勿論のこと、計算しつくされた楽譜を読み解き、それらと誠実に向き合う姿勢が求められる。上原のきめ細かく粒のそろったタッチは、音色に豊かな表情を与え、音によって複雑に織りなされる世界を丁寧に紐解いていた。受賞者全員が甲乙つけがたい充実した演奏を聴かせたが、上原は第1位受賞の理由を演奏で見事に示したといえよう。

休憩を挟み、「門下生等による演奏」の部へと移行すると、演奏、執筆に指導と多方面で活動を続ける青柳いづみこが、フランスで研績を積み、多くの受賞歴を誇る注目の若手ソプラノ、盛田麻央を迎えてドピュッシーの歌曲を演奏。歌曲集〈忘れられた小唄〉では、青柳の言葉に対するアプロー
チの深さを改めて納得させる、色彩豊かなタッチを聴かせてくれた。特に第1曲〈やるせない夢心地〉や第6曲〈憂鬱〉での、和声の微細な移り変わりのコントロールは、詩と音楽から導き出されるものを本当に感じて演奏しなくては生み出され得ないものであった。盛田の歌唱もそれに応える充実したものであり、明断な言葉の処理、コケティッシュさとドラマティックさを使い分けた表現力の豊かさを見せつけた。

この日は様々なピアニストによる演奏が行われ、多様なピアニズムと音色を堪能したが、特に圧巻だったのが、プログラム最後を務めた三舩優子である。曲はシューマン「交響的練習曲」。主題を重厚な響きでたっぷりと歌い上げて開始した。主題は変奏を追うごとに細分化、また多声化していくが、三舩はそれを丁寧に浮かび上がらせ、曲全体の統一感を導出した。さらに衝撃的だったのが、主題で創り出した上質な音色を華麗な第12変奏まで終始保ち続けていたことである。どんなに音が分厚くなろうと、音型が複雑に入り組もうと、決して乱れることのない演奏は、シューマンの意図した交響的な響きを完全に再現したものといえよう。

安川加壽子がもたらしたテクニックや音楽性は、日本から優れたピアニストを輩出し続けることに大きく貢献した。この演奏会は、安川が導いた日本のピアノ界のレヴェルの高さ、音楽性の豊かさを実感する内容であった。

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