【CD評】「浮遊するワルツ」レコード芸術 2003年11月号 評・安田和信

明晰な音の輪郭,「浮遊する」ワルツの諸相
青柳いづみこによるワルツ集『浮遊するワルツ』

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青柳いづみこの新盤は、『浮遊するワルツ』と題されている。彼女のレパートリーの核ともいえるドビュッシーを中心として、これまでにも興味深い企画盤を発表してきた彼女ならではのアルバムである。

精密な構成のコンセプトアルバム。今回のテーマは「ワルツ」

ドビュッシーとフランソワ・クープランを並べ、過去の音楽の創造的な受容の一断面を示した『雅なる宴』[ライヴノーツ]、水にまつわる音楽を集めた『水の音楽』[キング]など、洒落たタイトルのもとに、アルバムを構成する曲目がテーマにコンセプトによって緊密で有機的な繋がりを持つというレコードの作り方は、文筆にも優れた才能を示す青柳の真骨頂と言って良い。この度の新盤では、シューベルト(ドホナーニ編)、ショパン、リスト、ドビュッシー、サティ、ラヴェルを並べ、19世紀ヨーロッパ世界を虜にしたワルツの系譜を浮かび上がらせている。

一口にピアノ音楽における「ワルツの系譜」とはいっても、1枚のアルバムを作るには様々な切り口があるだろう。19世紀におけるワルツの形式に重要な影響を与えたとされるウェーバーの《舞踏への勧誘》がないのは淋しいとか、ワルツ王ヨハン・シュトラウスの作品がピアノ独奏用編曲版でも普及していたことを重視したいとか、それこそ人によって同種企画の具体化は千差万別となるに違いない。

入念な構成から「浮遊」してくる「ワルツ」像

では、青柳の曲目選択にあたってのコンセプトは? 本人に聞くしかないのだが、筆者の勝手な想像を以下に記すことをお許しいただきたい。いわく、舞踊法の確立、それと連動して音楽的な特徴を獲得し始める時代のワルツの代表者としてのシューベルトに始まり、ウェーバーの継承者としてピアノ独奏曲におけるワルツのジャンルをいち早く確立し、実際の舞踊の伴奏音楽という要素から距離を取ったショパンとリスト(後者の曲目と管弦楽曲からの編曲版ではあるが)を経由して、ワルツをさらに換骨奪胎し、それぞれの視線でこの流行舞曲をシニカルに眺めたドビュッシー、サティ、ラヴェル――このように曲目を整理してみると、仲間内で本当に踊るための音楽として書かれたシューベルトの時代から、ワルツとい魅力溢れる音楽は本来の目的からそれこそ「浮遊」し始め、流行舞曲としての様々なコノテーション(社交、男女の愛、エロティシズムなど)を残しながらも、音楽表現の大切なトピックに変貌していったさまが本盤からうかがわれてくる。

もちろん、これは筆者の勝手な思いこみであり、演奏者に怒られてしまうかもしれないが、聴き手がこの企画盤を様々なイメージを喚起させながら聴くことは許されるだろう。

あくまでも軽く、透明なサウンド

最後に演奏について。筆者には明晰な輪郭を保ち続ける青柳の高度な技術が印象的であった。響き過ぎを戒めつつ、透明感のあるサウンドへの志向は録音の方法はもちろん、楽器の選択とも関わっていたのではないか。強弱の対比、緩急の操作、リズムの造形に鋭敏なセンスを傾けているにもかかわらず、重々しくなることは皆無で、あくまでも軽やかだ。「浮遊するワルツ」とは、実は青柳の演奏自体を表現しているのかも知れない。

浮遊するワルツ
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