8本の足のついた瀟洒な木製のスタインウェイ。音色にはぬくもりがあり、ピアニッシモでも遠くまでよく響く。音楽評論家の先駆者だった大田黒元雄所有のピアノを用いて、大田黒ゆかりのピアノ音楽、歌曲をプログラミングした青柳いづみこのリサイタルは、いにしえの音楽空間に誘ってくれるものだった。第一部はまずドビュッシー・プログラムから始まった。
大田黒が主催したサロン・コンサートで弾かれた曲を中心に、青柳は馥郁とした響きを巧みに聴かせてくれた。トークで青柳自身が「とても響く楽器なので選曲に苦労した」と述べていたが、このピアノならではの独特の響きのドビュッシーだった。さらに大田黒と親交のあった菅原明朗のピアノ組曲《断章》、同《白鳳之歌》から4曲演奏された。どこか日本風なひなびた感触もあり、さらに菅原が愛したフランス音楽のエスプリも感じられ、この時代の音楽受容の一端が浮かびあがってきた。
第2部は、根岸一郎(Br)と釜洞祐子(S)を迎えて、菅原の歌曲(根岸)、そして大田黒サークルのひとり堀内敬三の訳による声楽作品《釜洞》が歌われた。根岸の柔らかい発声、そして釜洞の輝かしい美声によって.菅原《丘の上》(慶応大の早慶戦の祝款)、オッフェンバック《舟唄》など、懐かしい香り漂う世界がよみがえった。