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彼とデュオをすることで、ソロでは弾かない作曲家の作品を弾けるのが楽しい

作家としても活躍するピアニストの青柳いづみこさんが、マルセイユ音楽院で共に学んだヴァイオリニストのクリストフ・ジョヴァニネッティ氏とデュオを組み、東京、名古屋、大阪(岸和田)、札幌でコンサートを行なう。伝説のデュオと言われたクリスチャン・フェラスとピエール・バルビゼの薫陶を受け、古典やフランス近代音楽を中心に研鑛を積み、ヨーロッパでは演奏活動を行なっているが、今回がデュオでの日本デビューという。

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■昔懐かしい香りがするヴァイオリニスト■

―今度はクリストフ・ジョヴァニネッティさんというヴァイオリニストとのデュオをなさいますが、マルセイユ音楽院時代に一緒に学んでいらしたのですね。

「そうなんですよ。これは『モノ書きピアニストはお尻が痛い』(文春文庫)に書いたことですが、マルセイユ音楽院時代、ジョヴァニネッティがまだ十六歳のときに、ベートーヴェンの『クロイツェル・ソナタ』を共演したら、彼は上がりまくって小節をポンポンとばしてくれた(笑)。その頃からの付き合いなんです。」

―もう三十五年のお付き合いということですね。

私は日本で大学院を修了してから行きましたが、フランスの地方国立音楽院は、パリ音楽院に入る前の段階で行く所なので、みんなまだ子どもなんです。その中では、ジョヴァニネッティはピカ一の天才少年で、マルセイユ音楽院を卒業した後、すぐパリ音楽院に行かず、ルーマニアのブカレスト音楽院に留学しています。フランスに戻ってきてパリ音楽院に入り、室内楽の仲間とイザイ・クァルテットを結成しました。エヴィアン国際コンクールに優勝して、国際的な活動がスタートしたんです。カーネギーホールやムジークフェライン、シャンゼリゼ劇場などの桧舞台で活躍していました。日本でもサントリーの小ホールで弾いています。その頃はよく日本にも来ていたので、来る度に会っていました。ところがその後、彼は自分が結成したイザイ・クァルテットを脱退してしまったんです。

―今回はどういう経緯でジョヴァニネッティさんとのデュオを組もうとお考えになったのですか?

ジョヴァニネッティとは、三年ほど前からデュオを組んで、フランスではいろいろなところで演奏しています。彼は、イザイをやめてから、フランス人二人、ロシア人二人でエリゼ・クァルテットを結成して、ヨーロッパ各地で活発な演奏活動を行なっています。ロシア物では定評があります。ただ、イザイと違って国際的な名前ではないので、事務所にかけあっても、日本に招聰するのはなかなか難しいんです。クァルテットは呼ぶのにお金が掛かりますからね。飛行機ではチェロも一人分の座席が必要で、五人分になりますから。ジョヴァニネッティ一人なら何とかなるので、デュオでツアーを組もうと思ったわけです。

―あちらでは、ジョヴァニネッティさんとどんな曲を演奏していらしたのですか?

フランスの作品も勿論勉強していましたが、本当は二人とも古典が好きなんです、実は。二人の師匠であるピエール・バルビゼ(伝説のデュオ、フェラス=バルビゼの片割れ)も古典を得意としていましたから。東京では、フランス人がウィーン古典派の曲を演奏してもお客様はなかなか来てはくださらないでしょうから、今回はフランス物に絞りました。地方の公演ではシューベルトやベートーヴェンも弾きますが……。フランス物のソナタって、あまり数がないんです。ですから、弾く曲が限られてきます。今回の曲目で、フォーレの『ソナタ第一番』はバルビゼの十八番で、さんざん仕込まれました。プーランクの『ソナタ』は、ジョヴァニネッティからの提案です。独特のユーモアとペーソスが魅力です。

―彼はどんな演奏を?

オールド・ファッション・スタイルのヴァイオリンですね。今のコンクールにばんばん通る若手のようなヴァイオリンではなくて、ジノ・フランチェスカッティとか、往年の名ヴァイオリニストの雰囲気です。彼はハイフェッツが好きで、音色を真似したり、バルビゼとデュオを組んでいたクリスチャン・フェラスのCDもたくさん聴いています。とにかく昔の懐かしい香りがします。ジョヴァニネッティはルーマニアに留学していたくらいなので、民族系も得意ですね。ラヴェルの『ツィガーヌ』なんかを弾くと、スピリットに入り込んでしまってガーッと行くので、弾き始めてみないとどんな演奏になるか分からない(笑)。テンポもすごく伸び縮みする(笑)。だから怖いんですよ。『ツィガーヌ』に関しては、全然打ち合わせができません(笑)。

―そうすると、クリスチャン・フェラスを彷彿とさせる演奏が期待できそうですね。

スタイルとしてはそうですね。ただ、フェラスはストラディヴァリウスのもの凄くいい楽器を持っていましたが、ジョヴァニネッティはそこまで資金がありません。フェラスも、若い頃、バルビゼと弾き始めた頃は、ガラスのように繊細な音で、師匠ががっちり支えていました。いわゆるフェラスの豊かな美音が出るようになったのは、デュオの成功でお金ができて、ストラディヴァリウスを買ってからです。そうしたらカラヤンが協奏曲のソリストとして起用するようになって、逆にデユオが消滅してしまった。ヴァイオリンは楽器の問題があるので、難しいですね。

■伴奏を頼まれて弾いたら翌日、円形脱毛症に! ■

―楽器はともかく、情熱的な演奏をするような感じがしますね。

そうですね。今流行りではない方向かな。機械的ではない演奏ですね。一時代、いや二時代くらい前の演奏スタイルと言えますね。

―そこが良くて彼とデュオを?

音楽の方向性というか、呼吸が合うからですね。私は唯我独尊で、ほとんど合わせものはやらないので(笑)。私がデュオを弾くのは珍しいでしょう?

―確かに青柳さんは、日本ではデュオをほとんどなさいませんよね。

テビュー当時はずいぶん合わせものをやっていたんです。あるヴァイオリニストのリサイタルで伴奏を頼まれて、曲目には『クロイツェル・ソナタ』などソナタもいくつか入っていましたが、ステージで弾いていたら、お客様がヴァイオリンしか聴いていないのがはっきり分かって、とても切ない思いをしました。そうしたら、次の朝、円形脱毛症になってた(爆笑)。

―えーっ、一晩で!

翌日美容院に行ったら、美容師さんがびっくりしてました(笑)。

―ピアノとヴァイオリンのためのソナタなのに…


そうなんですよね。『クロイツェル』なんて、むしろピアノが仕切ってますもの。でもあの頃は、ヴァイオリン・リサイタルというと、みんなヴァイオリンを聴きに行ったんですね。今のように室内楽が盛んではありませんでしたから、共演者としてではなく、伴奏者として一段低く見られていた時代でした。室内楽とか伴奏をする人は、ソロの実力がないとか、大きな音が出ないからやってるんだろう、みたいな。室内楽奏者として高名な練木繁夫さんも、当時は嫌な思いをされたそうです。だから敬遠していたのですが、三年前に『ドビュッシー・シリーズふたたび』でソナタを取り上げることになり、ジェラール・プーレさんに共演をお願いしたときは、すごく楽しかった。何の問題もありませんでしたね。呼吸もぴったり合いましたし。

―合わせものには呼吸が大切なんですね。

そうですね。ジョヴァニネッティがイザイ・クァルテットをやめたのも、呼吸ができなくなったから、つまり弾いていてブレスができなくなったからなんです。他のメンバーと合わなくて、息が詰まるみたいになったと言っていました。だから、合わない者同士で……(笑)。でも、私たちのデュオは、聴いている方が『溶け合って、一つの楽器を弾いているようだ』と言ってくださいます。本当に融合して聞こえるようです。

■お土産に浴衣を買って寝間着にする日本通■

―今度のジョヴァニネッティさんとのデュオは、日本デビューということになるわけですね。

そうですね。彼も本当はクァルテットで来日したいと思っているでしょうね、専門はそちらですから。でも先ほども言いましたように、クァルテットを呼ぶのはなかなか難しいですからね。彼は教育者としてもとても優秀です。今回も長岡京アンサンブルの主催でクァルテットの公開講座を開きますので、そこで何か出会いがあったらいいなと思っています。ジョヴァニネッティは十六歳の頃からの付き合いなので、弟のような感じです。クァルテットで成功して、日本にも来られるようになって良かったと思っていたのに、イザイをやめてしまったから来られなくなって、彼も悲しがっているんです。日本がとても好きなんですね。前に来日した時に、お土産に浴衣を買って帰って、それを寝間着にしているって(笑)。浮世絵や仏像など、日本の美術も好きだし。日本通です。彼はとても繊細な感覚を持っていて、以心伝心が好きというか、一般的なフランス人のように大袈裟な感情表現はしないので、そういうところが日本の感覚にフィットするようです。

―ジョヴァニネッティさんはパリ音楽院教授でもありますね。室内楽を教えているのですか?

「いえ、初見を教えています。楽譜の読み方など一番基礎的な、大事なところです。そのプロフェッサですね。ヴァイオリンという楽器は、表面的には早く仕上がるので、若いうちから国際コンクールに入賞して演奏活動を始める人が多いです。でも実は、基礎ができていない。パリ音楽院には、促成栽培のように弾くことだけが上手くなってしまった生徒がいっぱいいるそうです。そういう子たちを、一度元に戻して、基礎から教え直すという、縁の下の力持ちのような存在ですね。感謝しているヴァイオリニストはたくさんいると思いますよ。

―今までのお話を伺って、彼が弾いている写真を見ると、とても楽しそうないい表情なので、テクニックをひけらかしてバリバリ弾くような演奏とは対極の感じがしますね。

ちょうど写真のような、音楽をとおして語り合う感じのデュオを目指しています。ジョヴァニネッティは、私が最初に会った十六歳のときのまま、天才少年がそのまま大人になったような感じです。最初に共演した時、いつも彼の伴奏をしていたピアノ科の生徒(今は有名なクラヴサン奏者になっています)から、『彼はやりたいことが弾きながらすべて分かるから、打ち合わせる必要もないし、その場で音楽を語り合える子だから、すごい才能だ』と聞いていましたが、そのとおりでした。ジョヴァニネッティとのデュオでは、ソロではできないことができるんです。ソロでは弾かない作曲家の曲を弾けるのが楽しいですね。フォーレなんて、私はソロではまず弾かないけど、ヴァイオリンがすごく温かく情熱的に歌ってくれるので、こちらも一緒になって大きく歌うことができます。プーランクも、エスプリみたいなものが伝わってきます。ちょっとしゃがれた甘い音で、いたずらっぽいところとか、雄々しいところ、女々しいところ、そういうものを生き生きと表現してくれるから、弾いていて楽しいですよ。

―そうすると、多くの人が青柳さんに抱いているイメージとは違った面が見られそうですね。

全然違うと思いますよ。でも今年は、十一月に神戸で歌手の竹本節子さんと『歌とピアノの語らい』というコンサートをします。ドビユッシーの『月の光』、林光さんの『戻ってきた日付』など歌から生まれたピアノ曲を弾いたり、私が山田耕作『からたちの花』を弾いたあと、竹本さんが『この道』を歌われたり。プーランク『エディット・ピアフ讃』とピアフ作詞『愛の讃歌』のジョイントなんてのもあります。京都でも、リストの歌曲をテーマにした『歌とピアノでつづる愛の夢』というコンサートに出演します。ですから今年はなぜか合わせものが多いですね。

―青柳さんにしては珍しい年ですね。楽しみにしています。ありがとうございました。

至福のデュオ フランス音楽の夕べ
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