【CD評】仮面のある風景 F.クープラン作品集(レコード芸術2023年6月号)

美山良夫

【推薦】真珠、それも小粒の素晴らしく光沢が良い真珠を連ねた首飾りのような音の連なり、もっぱら指の力によりコントロールされた音、くっきりとしたアーティキュレーション、ペダルの使用を極力排した、1世紀前のパリで輝きを放っていたピアノ美学の極致「真珠演奏」。そこにも通じる審美眼に貫かれたディスクの登場である。

ピアノによるクープランの演奏は、日本でも半世紀ほど前には、井上二葉などフランスに学んだ奏者たちのプログラムを飾った。 その光景を記憶に留める青柳いづみこのアプローチは、楽器との出会いからも啓示を受けたに違いない。1887年製、ニューヨーク・スタインウェイ。粒だちや、 華やかさを秘めた表情が豊かな弱音は、薄い書法で描かれ、旋律に細やかな装飾音が添えられる音楽に和合する。<神秘な障壁><葦>をはじめ、 クープランのこのジャンルの作品の中で特に親しまれてきた作品が並び、<フランスのフォリア、あるいはドミノ><偉大にして古き吟遊新人組合の年代記>というイメージ喚起的な連作曲も含む。 ピアニストたちが好んで演奏してきた作品の多くが含まれている。

劇場的に大仰な身振り、厚塗りの表情は避け、 他方それぞれの作品の性格は、控えめながら的確に演奏に刻み、多彩なミクロコスモスを示してみせる。作品や楽器の上に自己主張を君臨させるのではなく、奏者を含めた三位一体の中に、この演奏は息づいている。

矢澤孝樹

【推薦】本誌今月号の鍵盤楽器特集で電気・電子楽器の項を執筆したが、これらの楽器でピアノ曲を弾くことで起こる反応ー驚き、困惑、賛否さまざまーは、チェンバロ(クラヴサン)に慣れ親しんだ18世紀の人々が、ピアノで馴染みのレパートリーが奏でられるのを聴くにも似た体験なのだろうかと、ふと思った。しかしいまや、古楽演奏の様式感と知見を取り入れた現代ピアノによるチェンバロ曲の演奏は、当時の人々が聴いていも「これなら」と頷くであろう説得力を備える。いずれ電気・電子楽器での演奏もそうなるだろう。

閑話休題。青柳いづみこは、ラモーやF.クープランなど18世紀のクラヴサン曲をピアノで弾くことにおいても、第一人者であり続けている。しかもHIP的マナーなど軽々とクリアして、あのウィットと洞察に満ちた本人の文章さながらに絶妙の語り口で、気がつけばドビュッシーやラヴェルと地続きの世界に聞き手は誘われる。今回のF.クープランは18年前のラモーに続き、1887年の「ローズウッド」スタインウェイ使用。きめこまかで抜けの良い響を巧みに操り、装飾を小気味よくちりばめてゆく。ドミノは眩惑的に入れ替わり、小夜鳴き鳥は囁き、<神秘的な障壁>は心地よい律動で築かれる。18世紀にクープランが見た風景が、19世紀末のニューヨークの響を通過し現代のわたしたちに届けられる。なんと心地よき、時空の錯綜。ピアノによるクラヴサン曲の演奏は、ここまで成熟した。

クープラン

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