ドビュッシーとポーの関わりとは…
東京・阿佐ヶ谷の文士村に生まれ、仏文学者・骨董収集家の祖父青柳瑞穂氏の影響を受け、豊かな芸術環境の中で育った青柳いづみこさん。あふれるような才能から生み出された数々の著作やCDは常に注目を集め、ピアニスト、文筆家として多方面にわたり活躍している。現在取り組んでいるのは、エドガー・アラン・ポー生誕200年にちなんだコンサート『音楽になったエドガー・アラン・ポー──ドビュッシー〈アッシャー家の崩壊〉をめぐって──』。「昨年はドビュッシーの没後90周年で、『音とことば・色彩の出会うところ』と題して4回シリーズで文学や絵画との関わりで捉えましたが、今回は〈知られざるドビュッシー〉のようなところに焦点をあて、その周辺の作曲家のポーに関連する珍しい作品などを集めてみました」
ドビュッシーとポーという取りあわせは意外に感じられるが、象徴派の先駆的詩人ボードレールによって翻訳、紹介されたポーの作品に、まだ20代だったドビュッシーは魅了され、生涯を通じて虜になった。『アッシャー家の崩壊』はとくに彼が耽読した作品で、若いころに交響曲にしようと試み、さらに晩年の10年間をかけてオペラに取り組んだが、未完のままに終わっている。「自分で脚色した台本を3種類も書いているのに、音楽は3分の2ほど。『ペレアスとメリザンド』の作曲者としてだけで後世に判断されたくないと語り、苦しみながら書いたのに、怖い音楽が書けなかったみたい(笑)」
青柳さんは、『アッシャー家の崩壊』の自筆譜のスケッチの中に、『ピアノのための前奏曲』の主題とそっくりのものを発見し、それをテーマに博士論文を書いた。青柳さんと『アッシャー家~』との縁も深い。「パリの図書館にこもって自筆譜を山のように積みあげて見ていたときに、よく知っているモチーフを見つけ、これで論文が書けると嬉しかったですね。ドビュッシーが『アッシャー家~』に取り組んでいたのは、後期の重要な作品が書かれた時期。スタイルが似ています。未完の作品をキーワードに完成された作品を読みといていくのは、ミステリーみたいでおもしろいです」
オペラ『アッシャー家の崩壊』が日本で演奏されるのは、1982年以来のこと。阿佐ヶ谷の青柳さんのご自宅に4人の歌手が毎週集まって、練習を重ねている。「夕方から始まって、最後は宴会(笑)。森朱美さんはヒロインのマデリーヌにぴったりの声をお持ちですし、ロデリックの蒲田直純さんは、芸大の大学院を修了してバリを中心に活躍していらした方。そして、早稲田でドイツ哲学を学んだ和田ひできさん、武蔵野音大を卒業後に早稲田の仏文に入り、パリ第4大学でフランス文学に影響を受けた古典落語について論文を書いた根岸一郎さん。不思議な異文化コミュニケーションの仲間が集まっています。音楽がなくて台詞だけ喋っているところをどう処理しようかと考えているんですが、ドビュッシーの書いた台詞がすばらしい。『アッシャー家』に関しては、彼の音楽よりも彼が書いたフランス語の言葉に力がある。その魅力を、字幕を使ってうまく伝えたいですね」
青柳さんのピアノソロに加えて、『アッシャー家~』の主題に酷似した循環テーマを持つ弦楽四重奏曲を、気鋭の若手奏者たち『クァルテット・エクセルシオ』が、そしてハープの超絶技巧を駆使したルニエの『幻想的バラード』を名手、早川りさこさんが演奏。さらにカプレの『赤死病の仮面』を彼らのアンサンブルで聴かせてくれるコンサート、ぜひ聴いてみたい。
取材 文・森岡 葉/写真・伊藤英司