【CD評】「ドビュッシーとパリの詩人たち」(レコード芸術 2019年3月号)

濱田滋郎●Jiro Hamada
推薦 昨”ドビュッシー・イヤー”の余韻を曳いてであろう、青柳いづみこが、一見”落穂拾い”のようでいて、おそらく会心のアルバムを世に出した。二重奏(連弾)の相方には、異色のコンビと見えながら、よく馬が合っている高橋悠治を頼み、独奏・連弾以外にも、ソプラノ歌手、盛田麻央の協力を得て一連の歌曲を取り上げている。まず冒頭には、当の高橋悠治が新たに編曲したという《牧神の午後への前奏曲》連弾版。これは何か悠然とした気配のただよう演奏で、作品への(おそらく)愛着と奏者(たち)の一種、気宇の広さと感性の自在さを表わしたユニークな仕上がり。連弾はもう1曲、《小組曲》が含まれ、ここにも同様の境地を聴く。これの前後に配された声楽曲-《マラルメの3つの詩》、同じ詩人の詩に付曲した《あらわれ》、ルコント・ド・リールの詩に付けられた《亜麻色の髪の乙女》(あの名高いピアノ曲とは、同じ根から出てはいるが、全く別な曲)、ピエール・ルイスの詩による《ビリティスの3つの歌》-では、盛田麻央の歌唱にいづみこのピアノがからむ。ソプラノはデリカシーに富み、ひとかどの聴きものとして味わえる域。結びには、同じく『ビリティスの歌』に由来する《6つの古代碑銘》。これは独特の情調をそなえた作品で、いづみこは、中の幾曲かに、自らの詩朗読を添える。ちなみに、その邦訳詩も高橋悠治によっている。このように、思うがままに編み上げた1枚、詩人たちの面影も映し出されるだけに、高雅な世界だ。

那須田務●Tsutomu Nasuda
推薦 大抵の音楽史の教科書ではドビュッシー=印象主義と説明されるが、作曲家自身は印象主義という言葉にあまり良い印象を抱いていなかった。画家たちとの交際もあまりなく、むしろマラルメら象徴主義の詩人たちと交友していたし、歌曲で選ぶ詩人など音楽作品にもその影響が色濃い。当盤はそのようなドビュッシーと詩人たちを取り巻く世界をまるで、ベル・エポックのサロンの一場面のように示している。
 マラルメの詩に接ぎ穂をしたような《牧神の午後への前奏曲》の連弾版(編曲は高橋悠治)で始まる。まさに象徴主義的世界への入り口に相応しい。「フルート」の旋律に絡みつく装飾的なパッセージが美しく、高踏的な趣すら感じさせる。歌曲集《ステファヌ・マラルメの3つの詩》などの歌曲はソプラノの盛田麻央との共演。ニュアンスに富んだピアノが聴きどころ。子供や愛好家でも弾ける《小組曲》だが、さすがにこの二人が弾くと別世界。凡庸、率直、無邪気とは無縁。不思議な緊張感とともに、複雑な陰影が揺らめいて味わい深い。歌曲《亜麻色の髪の乙女》や《ビリティスの3つの歌》など興味深い曲が並ぶ。詩の雰囲気に相応しい多様な情念と音色を引き出すピアノが出色でさすがの存在感だ。《6つの古代碑銘》も連弾。本来詩の朗読会の付随音楽だそうで、『ビリティスの歌』からの詩(高橋悠治訳)を青柳が朗読しているのだが、そうやって聴いていると音楽のイメージがふわふわと膨らんできて楽しい。

峰尾昌男●Masao Mineo
[録音評]ピアノ独奏と連弾、歌曲に朗読と、ピアノを中心としていろいろな演奏形態が展開する。独奏と連弾は録音的には同一であるが、やはり連弾のほうが”手”の数が増えるぶんいくぶん明瞭度も落ちるようだ。歌曲のソプラノはかなりのクローズ・アップ、通常のフランス近代の歌曲集とはいささか雰囲気が異なる。朗読はモノ収録雰囲気感を排除した独特の世界。

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RECORD GEIJITSU 特選盤
■ドビュッシーとパリの詩人たち
〔①牧神の午後への前奏曲②ステファヌ・マラルメの3つの詩③あらわれ④小組曲⑤亜麻色の髪の乙女⑥ビリティスの3つの歌⑦6つの古代碑銘〕
青柳いづみこ(p、朗読)高橋悠治(p)盛田麻央(S)
[ALMⒹALCD7226】¥2800

ドビュッシーとパリの詩人たち
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