無意識に響きあうドビュッシー
思えば、青柳さんとドビュッシーとの関わりは深い。
大学の修士論文で取り上げて以来、その後留学先のフランス最後のリサイタル(注1)で『映像第2集』が好評されたのをきっかけに、帰国後の1989年(注2)には当時まだ希少だったオール・ドビュッシー・リサイルを敢行して話題になったり、また、東京芸術大学大学院に再入学しての博士号取得では、音楽学と演奏の両面からのより専門的な研究がいっそう深いつながりへと発展して、今日に至っている。そのドビュッシーの没後90周年でもある今年、彼を多方面から捉えた4回シリーズ『音とことば・色彩の出会うところ』を、東京浜離宮朝日ホールでおこなうことになった。
文筆家でもある青柳さんらしい、親密で良質なエッセンスをふんだんに盛り込んだ、贅沢な時間空間でもある。
3月20日の第1回目は「東の時間、西の時間」と題して、ドビュッシーのヴァイオリン・ソナタを初演したガストン・プーレの子息であるジェラール・プーレ氏をゲストに、ドビケシーと武満徹を弾き比べる。一見ユニークなこの試みのきっかけは、実は1昨年、カザフスタンの国際ピアノコンクールに審査員として参加したときに思いついたのだという。
「モンゴル系だから顔は日本人に似ているのよ。だけど旧ソ連の共和国だったから、言葉も教育もロシア。その彼らの独自性にふれたとき、あらためて私たちも、日本人のよさや美意識を打ち出さないといけないのではと考えさせられた。それは静けさだったり、弾むのではなく平面的に流れる時間感覚だったり。そこでドビュッシーの東洋に影響された作品と、一方西洋的ではないリズムやアクセントの武満徹の音楽を置くことで、そこに漂う時間の流れを客席とともに楽しみたいと思ったの。フランス人であるプーレ先生がどう武満を弾くのかも、楽しみね」
歌曲を中心に、ドビュッシーと彼の周辺にいた詩人たちを取り上げる第2回、そして第3回では、クラヴサンに焦点を当て、シリーズ最後は音楽をヒントに創作をつづける現代アートの伊砂利彦氏(注3)をゲストに、東洋美術を愛したドビュッシーと西洋音楽を愛する伊砂氏との間に交錯するものを楽しむ。
ドビュッシーと青柳さんとの縁は、祖父である瑞穂氏(注4)の蔵書で育った幼少時に、すでに結ばれていたのかもしれない。フランス世紀末の詩人や画家たちに兄のような親しみを感じ、その中にドビュッシーもいたことを後に識るや、惹かれていった。
「無意識に響きあうもきがあったのかもしれない。その最初の感覚を、実際の演奏や資料調べで再確認していく作業が、私にとってのドビュッシーをめぐる演奏活動であり文筆活動であり・・・」
彼自身の演奏(注5)と「リズムや気持ちの出しかたなどがよく似ている」と言うが、『版画』『練習曲集』、またドビュッシーが、恋するイボンヌ・ルロールに捧げた『忘れられた映像』などが収録されたCD『ドビュッシーの時間』も、時期を同じくして発売される。
*雑誌などのインタビューは被対象者に校正ゲラを見せないケースも多い。時系列の誤りや事実誤認、説明不足の点があるので、注で明らかにしておく(青柳)。
注1)リサイタルではなく、帰国前の講習会で演奏したもの。注2)フランス留学後の東京デビューは1980年。後83年に東京芸術大学大学院博士課程に再入学し、89年に論文の内容をもとに『ドビュッシー・シリーズ』を企画。その第1回が最初の「オール・ドビュッシー・リサイタル」。
注3)伊砂利彦氏は京都の友禅の染物職人の家に生れた型絵染の作家で、伝統的な技法を活かしてパネルや着物を制作している。ムソルグスキー『展覧会の絵』やドビュッシー『前奏曲集第1巻』『同第2巻』、スクリャービン『炎に向かいて』などにヒントを得た作品がある。
注4)祖父はフランス文学者・青柳瑞穂。
注5)ドビュッシー自身がピアノ・ロールに録音したものがCD化されている。『版画』『子供の領分』の全曲と、前奏曲の一部、ほか小品など。