クラシックのコンサートに行っても、演奏の「良しあし」が分からない一。そんな悩みに答えるのが、ピアニスト・文筆家の手になる本書だ。プロの弾き手がプロの聴き手に回る時、何を聴き、何を思うのか?
客観的な筆致に裏打ちされた鋭い批評眼は、アルゲリッチ、ポリー二、内田光子といった世界的名人から自ら出演したラ・フオル・ジュルネ音楽祭にまで向けられる。その微に入り細をうがつ描写には舌を巻く。
だが、著者は演奏の「良しあし」に重きを置かない。フジ子ヘミングの指は危なっかしいが、彼女の演奏には「自由で即興的な十九世紀的伝統の名残」がある、と書く。その場で音楽が生まれる瞬間一「唯一無二の時間」こそがコンサートの妙味であることを、本書は教えてくれる。(中央公論新社、1850円)(良)