変人演奏家の実像
文学批評家のサイードは『音楽のエラボレーション』の中で、グールドが望んだのは「彼の現実を人間の現実として決定し条件付けるすべてのものから逃れることだけだった」と述べている。
人外境のピアニスト、とでも言おうか。それゆえ彼の生涯は数々の神話や伝説に彩られており、グールド論も枚挙に暇(いとま)がない。
著者は現役のピアニストであり、また優れた文筆家でもある。そのことが本書を既存のグールド論から際立たせている。たとえば、ブラームスの協奏曲第一番を共演した際の、指揮者のバーンスタインとの楽曲解釈の衝突について、著者は「実演にたずさわっている者がまっさきに考えるのは、グールドは、この協奏曲を演奏することにやや不安をおぼえていたので、何か理屈をつける必要を感じたのではないだろうか」と言う。実演家ならではの洞察である。
一九六四年、グールドはコンサート活動と訣別(けつべつ)し、レコード録音に専念する。公開演奏のプレッシャーとは、著者によれば「ステージに上がる前に吐きまくる人もいれば、耐えきれずにアルコールを口にしてしまう人もいる」といったものであるらしい。実際グールドも腹痛や下痢に悩まされ、心因性の摂食障害に苦しんで精神科医に薬を処方されているほどである。
それ以後、グールドはスタジオでの録音と編集作業による自己表現に精魂を傾ける。著者は自身の体験に基づいて「それは断じて『つぎはぎ作業』ではない。自分の演奏を素材にした創造行為である」と断言する。グールドにとって、ピアニストとは再現芸術家ではなく、あくまでもクリエイターでなければならなかった。
それでも、ステージ演奏家時代の録音を聴いた著者はそれに魅了され、「グールドは、自分に課せられた使命を果たすために単なる演奏家としての成功を犠牲にしたのだ」と語る。奇人でも変人でもなく「熱い血の通った人間だった」グールド像を彫琢(ちょうたく)した魅力的な評伝である。