今もって新鮮な安川門下発表会のプログラム
安川加壽子の生誕100年である今年、足跡・業績を振り返る公演や書籍の刊行が相次いでいる。 高弟の多くが集って演奏や回想が繰り広げられた4月の「安川加壽子記念会演奏会」、生涯や理念を総合的に振り返る『蘇る、安川加壽子の「ことば」』の刊行などとともに、青柳いづみこが安川門下発表会の作品を収めたCD『昔の歌一安川加壽子門下生発表会』(1927年製のエラールを使用)のリリースも、記念年がもたらした貴重な果実だ。
安川加壽子が日本のピアノ教育に浸透させてくれたものの一つが、フランス・バロックから近代に及ぶ幅広い作品であり、門下生たちに惜しみなく与えた。今回のプログラムは、ドビュッシー 《アラベスク第1番》に始まり、クープランの《クラヴサン曲集》から〈小さな風車〉〈修道女モニック〉〈シテール島の鐘〉、アンリ・バロー(1900-97)《子供たちへの物語》、マラン・マレ(1656-1728)《ロンドー》(伝リュリ:ロンドー形式のガヴォット)、アルフレード・カゼッラ (1883-1947)《子供のための11の作品》プーランク《村物語(村人たち)》、ピエルネ 《愛しい人たちへのアルバム〉、 シューベルト《即興曲》D 899 から。 「昭和30年代に開催されていた安川門下の発表会は、先生がパリにいらした1930年代に、(先生と)ごく近い世代であった同世代の作曲家や、そのルーツと言うべき仏バロックを課題に出していた」(青柳のトークより)という安川加壽子の方針をそのまま彷彿とさせるプログラムである。
フランス近代の芸術模様を彷彿とさせる作品の数々
安川との思い出を交えながらのレクチャーも貴重だった。「バローは20世紀音楽の伝道師だったが、パリ音楽院時代には革新的なあまり作曲科を追い出された」という。 矢代秋雄がやはりパリ音楽院留学時代に低い点数を付けられた折、バローに「良い曲だったよ」と励まされたそうである。古典的な香りもする作品を聴けば、「いかに当時のパリ音楽院が保守的であったか」、往時のパリ楽壇の風景も垣間見せてくれた。
ピアノを「安川先生の先生のレヴィのさらに先生であるディエメールに師事した」カゼッラ。それに続くプーランク《村物語》は、生演奏の機会に恵まれない名曲とも言えよう。「1933年アテネ座で上演されたジャン・ジロドゥ作の劇『オンディーヌ』のインテルメッツォの劇付随音楽として作曲されたもの。リモージュに現れたイケメンの幽霊にみな夢中になるドタバタ喜劇。役者兼演出のルイ・ジューベは素敵でした」。青柳の即興性豊かな演奏が、幕間劇の面白さまで彷彿とさせる。
最後を飾ったのはシューベルト。広い門下の裾野を形成する安川門下で、青柳も高弟の奥村洋子に師事しており、 安川の発表会は仏作品に限られていたが、奥村洋子門下の発表会では古典派やロマン派も取り上げていた。格調高く美しくも慈しみ深さの滲むような変ト長調など、今も耳に残る好演だった。
取材・文 小倉多美子