【関連記事】「高橋悠治さんとの共演で、1915年のドビュッシーを描き出すトーク付コンサート」ショパン 2015年8月号 インタビュー

9月26日(土)白寿ホールにて、ピアニスト・文筆家である青柳いづみこさんによるコンサート『没後100年までカウントダウン!1915年のドビュッシー〈ショパンへの想い〉』が開催される。ちょうど100年前のドビュツシー作品と、ショパンの作品を組み合わせた企画だ。

「1915年当時、前年から始まった第一次世界大戦に打ちのめされて、ドビュッシーは何も書けなくなっていました。そんな時、フランスの出版社であるデュランからショパン全集の校訂を頼まれて、それがドビュッシーの創作意欲を甦らせたのです。1915年夏に次々と生み出された《12の練習曲》《チェロとピアノのためのソナタ》《白と黒で》に、晩年のショパンが新たな可能性を探った《チェロ・ソナタ》などを合わせました」

そういった話が、ステージ上のスクリーンに資料を映しながら、青柳さんのすばらしい話術で語られるのも楽しみだ、ドビュッシーは、ピアノを始めたころからショパンの影響を受けていたという。

「9歳のドビュッシーがピアノを最初に習ったのがショパンの弟子であったモーテ夫人で、ショパンのピアニズム、ペダリング、バッハを大切に思うことなどすべてを伝授されました。ドビュッシーのエチュード《5本指のための》はチェルニーへの皮肉が込められていますが、ショパンも『チェルニーのエチュードがハ長調から始まるのはばかみたい』って言っていたんですね。長さもつき方もそれぞれ違う指が同じ平面上に並んで一番音がそろいにくいから、ショパンはハ長調は最後にやるようにと言っていました。ところがドビュッシーがパリ音楽院に入ってみるとショパンの教えは教授たちには伝わっていなくて、昔ながらのチェルニー的なテクニック。ドビュッシーはショパンが課題に出ると良い成績なんですが、指があまり回らなかったのでべートヴェンは苫手。最後の試験にもショパンは出ずピアノ科は2等賞しかとれなかったんです。《アルペジオのための》のようなショパンに寄り添ったものと《4度のための》などショパンを離れたものと、両方プログラミングしています」

共演は、チェロの金子鈴太郎さん、そして”生ける伝説”天才ピアニスト・高橋悠治さん!

「私がセコンドで悠治さんがプリモの時は、私は伸縮自在に合わせられるので大丈夫ですが、逆だと大変! 独自の世界に入り込んで、置いていかれそうになります。でも1回初見で《白と黒で》をお願いしたら、ドビュッシーが描いたゴヤのイメージがドからぐわーっと盛り上がってきて、これはおもしろくなりそうだ、と思いました。悠治さんファンにとっては、ドビュッシーやショパンを弾くのはかなりレアですからそれは聴かなきゃだし、悠治さんを知らなかった人にも、クセナキスや武満徹を初演した悠治さんがドビュッシーのエチュードを弾いてくれるのは目を開かされることですから、ぜひ来ていただきたいですね。私は難しいショパンの《チェロ・ソナタ》をがんばらないと(笑)」

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