2009年7月23日/受賞とテレビ出演ト
7月16日に、第25回講談社エッセイ賞の発表があり、2月刊行の拙書『6本指のゴルトベルク』(岩波書店)が受賞した。
電話でのお知らせは、実はずっと前にいただいていたのである。たしか7月1日、9月24日に上演するオペラ『アッシャー家の崩壊』の稽古をしていたときだった。
最初は受話器を取ると声がきこえず、間違い電話だと思って切ってまっした。再度鳴ったので稽古を中断して受話器を取ったら、女性の方が講談社のナニガシですと名乗られた。しょもないPR誌の3枚ぐらいのエッセイの依頼だろうと思っていたら、どうも違うらしい。
私のやりとりをきいていた歌手の方が、もしかして受賞ですか? ときいたので、イェイ! という感じで親指を突き出した。フランス式のガッツポーズである。
歌手たちはしきりに、なにげに電話でくるんですね・・・と感心していた。一般的に知られた文芸賞と
いえば芥川賞・直木賞しかないが、こちらは事前に候補作が新聞に発表され、マナ板の鯉たちは選考委員会の日は都内の某所で編集者たちに囲まれて・・・とうパターンである。
他の文芸賞でも、なにげに電話でこない賞もあり、何月何日は都内にいてくださいとお願いされたりして、これは嫌なものだ。私の場合は一勝一敗。他に、最終選考まで残っていたことをあとで知らされたことも複数回ある。
そんなこんなで受賞も久しぶりだったから、素直によろこんでいる。
『6本指』は「図書」連載時はずいぶんファン・レターや問い合わせのお便りをいただいたのだが、いざ単行本になってみると、書店で適切な棚に置かれていないこともあって(たとえば、『このミステリーがすごい!』の隣とか)、売れ行きははかばかしくないよ
うだ。新聞発表を機に読者が増えたかと思ってアマゾンを覗いてみたが、何ら変化はない。まぁ、そんなものだ。
『ショパンに飽きたら、ミステリー』(創元ライブラリ)のようにエンタメにしぼればよかったのだろう
が、「図書」という媒体だから、バルザックとかロマン・ロランとか、岩波文庫に収録されているような海外の名作も選書することを求められる。また、そうした名作がとてもおもしろい。
いつもの私のパターンで、テーマをひとつに絞らないので読者対象が分散し、書店でバラバラ殺人事件状態になる。これからはネット書店での扱いが増えるから、かえって都合がよいかもしれない。
授賞式は9月4日、東京会館でノンフィクション賞や科学出版賞との合同でとりおこなわれる。当日のパンフレットのために書いた短いエッセイをお目にかけよう。
「音楽の神秘」
受賞の知らせがきたのは、9月24日に上演予定のオペラ『アッシャー家の崩壊』の稽古中である。生誕二百年を迎えたエドガー・ポーの代表作をフランス近代の作曲家ドビュッシーが脚色した未完の作品で、歌手たちともに怪奇・幻想の世界に浸りきっているさなかだったから、事態を把握するのになかなか時間がかかった。
敬愛する団鬼六氏が、自薦エッセイ集『牛丼屋にて』で「曖昧な薄っぺらの幕の向こうに幽霊のようにおぼろげな形で突っ立っているのがエッセイというものだ」と書いているが、そもそも音楽じたいがおぼろげで実体のない芸術だから、着物を着せてやる必要がある。
私にとって、音楽小説やミステリがその衣装に当たるものだった。
奥泉光『鳥類学者のファンタジア』では、専門家しか知り得ないはずの音楽の神秘が見事に言語化されている。いっぽうで、トルストイ『クロイツェル・ソナタ』やイェリネク『ピアニスト』は、音楽はときに恐ろしい作用をもたらすし、音楽する人じしんの心も病んでいることを教えてくれる。バルザック『従兄ポンス』で明かされる一九世紀の音楽家事情は、二一世紀のこんにちと少しも変わりない。
音楽にはオタマジャクシの壁があり、敬して遠ざけられている感があるが、願わくばこれを機に少しでも多くの読み手の耳が開かれんことを。
6、7月はテレビの収録もあいついだ。最初は、BS11の『阿川佐和子・檀ふみのああ言えば交友BAR』。このタイトルは、奇しくも以前に講談社エッセイ賞を受賞された『ああ言えばこう食う』のもじりだろう。阿川さんと檀さんはとある銀座のバーのホステスで、常連が英文学者の高宮利行先生、バーテンダーが今売り出し中のピアニスト、本田聖嗣さんという設定。阿川さんと檀さんは隔月交替で、毎回ゲストを迎えての2時間トーク番組である。私の場合は、以前に『水の音楽』の書評をしてくださった高宮先生の推薦で出演が決まったようだ。
事前にディレクターと台本作者の方と打ち合わせの時間をもった。本田さんがピアニストなので、番組内でゲストのリクエストした曲も演奏もするという。できたら私も本田さんと連弾をして、さらにソロも弾いてほしいとのことだった。しかし、問題は楽器である。なんと、スタジオにはクラビノーバしかないのだそうだ。電子楽器は弾いたことがないし、それではソロは無理ですね・・・と私は答えた。
しかし、あとになって、私は一度だけクラビノーバを弾いたことがあるということに気づいた。パリのアンリ・バルダの家に遊びに行ったときのこと、バルダが愛用しているクラビノーバをクラヴサンに切り換えて、クープランを弾いたところとてもきれいだった。
そこでディレクターさんに電話をして、クープランの『百合の花ひらく』ならソロで弾いてもいいです
よ、と伝えた。ついでに、本田さんとの連弾では、9月24日のコンサートの宣伝になるからと、ドビュッ
シー『6つの古代碑銘』から「クロタルを持つ踊り子」をリクエストしておいた。
収録の前日、本田さんから電話をいただいた。やけにあわてている様子。クラビノーバを弾いたことはありますか? ときかれたので、一度だけ・・・と言ってバルダの話をした。実は本田さんは、パリ音楽院でバルダのクラスで勉強していたことがあるのだ。
でも、クラビノーバにもいろいろあります、と本田さん。高級なものはほとんどピアノと変りないタッチですが、スタジオにあるのは最下級の機種で、タッチもゴムのようで手ごたえがなく、ペダルはきかないし、すごく弾きにくいと思いますね。自分は録画を見たことはないのですが、家人の話では聴くに耐えない音がしているとのこと。だから、とりわけ音色が勝負のフランス系ピアニストには辛いわけです。楽器を置いた台はグラグラ揺れるし、スピーカーを入れておくとハウリングしてしまうので、楽器の音は切ってしまうのです。だから自分の音は聞こえないし、とにかくずっこけることがたくさんありますよ、とのこと。もしよかったらボクの自宅にクラビノーバがありますので、いろいろな曲を試してみませんかと誘われて、お邪魔することにした。
本田さんはお金持ちらしい。中野駅で待ち合わせをしたら、とても高級そうな車で迎えにきてくださった。そのままマンションへ。グランド・ピアノが一台とクラビノーバが置かれたレッスン室にはいる。クラビノーバの欠点は,タッチによって音色が変えられないことだ。つまり、我々ピアニストの努力の大半が効力を失うことになる。そのかわり、スイッチを切り換えればオルガンの音とか合唱とか、いろいろ変化をつけて弾くことができる。鍵盤に指をすべらせた私は、即座に「クロタルを持つ踊り子」が演奏不可能なことを知った。この曲の最後には右手のグリッサンドが出てくるのだが、クラビノーバのすべりの悪いタッチでグリッサンドをしようとするとギギギとひっかかって、血染めの鍵盤になってしまうだろう。
いろいろな連弾曲を試したあと、私たちは矢代秋雄の『夢の舟』を演奏することにした。これならしっとりときれいに弾くことができるだろう。本田さんは、バルダの思い出から、パリ音楽院でバルダに最初に習ったというドビュッシー『雪の上の足跡』を演奏なさるという。私はクラヴサンのタッチでクープラン「百合の花ひらく」かスカルラッティのソナタ「行列」を弾くことにした。選曲はスタジオのクラビノーバを試してみてから。
5月8日は、私にとってなかなか大変な日だった。午前中は、杉並公会堂小ホールで開かれたピティナ主催のミュージック・ブランチである。子育て中のお母さんが主な対象ということで、前年の11月にリリースしたアルバム『天使のピアノ』から抜粋で演奏し、朗読もおこなった。
ピアノはスタインウェイで、松尾楽器の小谷さんに調律をお願いした。ちょうどいいぐらいの深さのタッチで、明るい音色に仕上がっている。
ご参考までに主催者に提出した進行表をお目にかけよう。
| 11:00 |
青柳入場 |
| 11:01 |
演奏 クープラン 『百合の花ひらく』 (2分) |
| 11:03 |
演奏 クープラン 『葦』(3分) |
| 11:06 |
MC 「天使のピアノ」と石井筆子についての説明 |
| 11:09 |
演奏 チャイコフスキー『子供のためのアルバム』より 「朝の祈り」(1分)
朗読 アンデルセン作・石井筆子再話 『水仙のお話』?
演奏 「お母さん」(1分)
朗読 『水仙のお話』?(2分)
演奏 「フランスの古い歌」(1分)
朗読 『水仙のお話』?(2分
演奏 「ポルカ」(1分)
朗読 『水仙のお話』?(2分)
演奏 「楽しい夢」(2分)
朗読 『水仙のお話』?(2分)
演奏 「ひばりの歌」(1分) |
| 11:25 |
演奏 ピエルネ『昔の歌』(3分) |
| 11:28 |
朗読 「感覚指数」(5分) |
| 11:33 |
演奏 「月の光」(4分) |
| 11:37 |
MC 「天使のピアノ」と美智子皇后陛下 |
| 11:40 |
演奏 ラザール・レヴィ『子守歌』(2分) |
| 11:42 |
演奏 美智子皇后陛下作詞・山本正美作曲・小原孝編曲
曲『ねむの木の子守歌』(3分) |
| 11:45 |
青柳退場 |
実際のコンサートもほぼ予定通り進行したが、ひとつだけミスがあった。ピエルネ『昔の歌』の楽譜がどこを探しても見つからなかったのだ。よく考えたら、静岡でのコンサートでのアンコールで弾き、おみやげが重かったのでまとめて宅急便で送るようにお願いしておいたのだが、それがまだ到着していなかったのだ。ついでに、コンサートで使う靴も届いていなかったが、こちらは別の靴で代用した。
ピエルネのかわりにスカルラッティ『行列』を弾き、MCでは美智子皇后陛下が天使のピアノを弾いてくださったときのことをお話し、『ねむの木の子守歌』でしめくくり、最後にドビュッシー『亜麻色の髪の乙女』を弾いておしまい。サイン会にもたくさんの方が集まってくださった(わざわざ岡山からきてくださった方もいらした)し、主宰のピティナ関係者の方々とごいっしょしたフレンチもとてもおいしかった。
コンサートの一部は以下の動画サイトで見ることができるそうだ。私は見ていないけれど(笑)。 http://www.piano.or.jp/concert/tieup/suginami/report.html
車をとばして家に帰り、急いで荷物を置いて今度は代々木のカワイに行く。ショパン協会の部会が開かれるのだ。2010年はショパンイヤーということで、ショパン協会でも特別な催しを企画している。会長の小林仁先生はじめ各理事の方々がそれぞれの企画を議題にいろいろい話しあった。おもしろかったのは、遠藤郁子さんによる、ポーランド風ショパンとフランス風ショパンの弾き分けのお話。 ショパンはポーランド人だが、1831年にパリに出てきて49年に亡くなるまで後半生をフランスで過ごしている。演奏解釈もポーランドのショパンとフランスのショパンの二つの流派に分かれるのだが、私が何げなく、具体的にどのように違うのですか? と尋ねたところ、ワルシャワとパリの双方の先生に師事したことがある遠藤さんは、即座にピアノの前に行き、たとえばマズルカならリズムのノリや間のとり方がこのように違いますと実践つきレクチャーをしてくださった。フランス風ショパンは優雅でおしゃれだし、ポーランド風ショパンはかなり激しく土俗的な感じがする。
これは文章のイメージでも同じで、ポーランド語で書かれたショパンの手紙はけっこう下品な冗談も言うし、フランクな感じがするし、フランス語でのショパンは貴族的でめったに胸襟を開かず、少しよそよそしい。若いころはアマチュア劇団に所属していたというショパンの、フランス上流社会でやっていくための精一杯の演技だったのだろうか。
4時ごろにショパン協会を失礼して、今度はお茶の水に向かう。BSのスタジオは明大の横をはいったところ、文化服装学院の隣にある。スタジオ入りする前に、午前中から働きづめだったので、ちょっとリラックスしたくなって手もみんにはいる。20分のコースで首と肩をマッサージ。これはいつものことだが、あまりに凝っていて指がはいらず、マッサージさんが悲鳴をあげている。
ちょっとすっきりしたところでスタジオに。まず一番心配なスタジオの「クラビノーバ」でリハーサル。弾いてみて絶句した。タッチがゴム草履をはいているようで、にぶいことこの上ない。音色もクラヴサンや普通のピアノ、エコーをつけたピアノ・・・といろいろ変えてみたが、大差はない。クラヴサンの音もやたらにがしゃがしゃしていて、クープランやスカルラッティを弾くと大層下品に聞こえる。この典雅な曲たちをこんな楽器で弾くのにしのびなくて、急遽プログラムを変更。午前中に弾いた小原孝編曲『ねむの木の子守歌』を、普通のピアノとエコーをつけたものとを使いわけて弾いてみたら割合にはまった。
本田さんにも聴いていただいてオーケーをもらい、メーク室へ。テレビ出演は何回めだろうか。大阪のNHKの番組に出演したときは、てっとりばやいメークさんにびっくりさせられた。スタジオ入りしたままの薄化粧の上にてっとりばやくぬりたくり、ぎゅーぎゅーアイラインを入れ、睫毛をビューラーでカールしてからマスカラを塗り、チークとリップを入れておしまい。それでも普段の私からすれば相当な厚化粧だったらしく、番組を見た学生たちがびっくりしていた。
TBSのメーク室は男性出演者もいっしょだ。私がはいる前に本田さんが座っていらして、入れかわりに高宮先生がおはいりになる。メークさんの「あら、つむじが2つあるんですねー」というコメントにびっくり。男性陣はさっさとすむので、私はいつも一人で取り残される。ヘアをセットしている間に、メーク。大阪で懲りているので控室でメークを落とし、ついでにパックまでして行ったのだが、いろいろな種類のクリームを塗り、パタパタして粉を落とす。眉毛をカットしていいですか? ときいてから小さな電気シェーバーでラインを整え、ついでに口のまわりのむだ毛も落とし、涙が出るぐらいぎゅっとアイラインを入れて睫毛をカールしてマスカラを塗り・・・ときたところで、下の睫毛はどうしますか? ときかれる。そこまでマスカラを塗ったことはないのでお断りする。
メークが仕上がったところでディレクターさんが迎えにくる。もう本番の時刻のようだ。何しろ生放送なのだから、遅れたら大変。
セットは台の上にあり、階段を2、3団登って登場するという設定だ。
檀ふみさんは黒のシースルーのトップスに大きなネックレスをかけ、膝下ぐらいまでの黒のパンツ姿。お顔が小さくて、とてもきれい。私はベージュ+黒の豹柄の上下にブルーグリーン系きらきらのストールをかけた。テーブルを前にしてソファがコの字型に置かれ、縦方向の狭いところに檀さんと高宮先生、横方向の広いところにに私。本田さんは蝶ネクタイのバーテンダー姿でカウンターのうしろに立ち、ときおり給仕をする。
5月8日20時から放映された番組をごらんになった方もいらっしゃるだろうが、出演したほうは内容はあまりよくおぼえていない。バーという設定だから、まずシャンパンで乾杯があり、私はあとで演奏するのでほんの口をつける程度。ちなみに以前に出演されたヴァイオリンの天満敦子さんはぐいぐい飲んでいらしたとのこと。
料理も運ばれてくる。前菜はオリーブと生ハム、パテ。ゲストである私のために、特別に山の上ホテルからラタトゥイユやブイヤベースなど南仏料理が運ばれてきて、これがとてもおいしい。残してはもったいないからとぱくぱく食べていたら、あとで主人から番組であんなに食べるもんじゃない、とたしなめられた。
ワインも南仏のこってりした赤。あんまり酔っぱらわないうちにと、まずソロで『ねむの木の子守歌』を弾いてから、「天使のピアノ」の説明をする。感動的だったのは、アルバム『天使のピアノ』に収録したコラム「感覚指数」を檀ふみさんが読んでくださったことだ。しっとりした朗読で思わず知らず涙ぐんでしまった。
『モノ書きピアニストはお尻が痛い』(文春文庫)のあとがきに、私が6月4日の虫歯予防デーに生まれたと書いているが、何と檀ふみさんは6月5日の生まれなんだそうだ。アルゲリッチと同じ誕生日。でも檀さんはピアノが弾けない。おけいこしたことはあるが、途中で挫折してしまったそうだ。手はとても大きくて柔らかそうないい手なのに。
6月生まれ(21日まで)は双子座ということで、ひとしきり星座談義に花が咲いた。 懸案の連弾も無事終わり,最後は本田さんのソロ演奏。パリ音楽院で初めてバルダのレッスンを受けたときに弾いたというドビュッシーの『前奏曲集第1巻』から「雪の上の足跡」。バルダが一生懸命「アクツル、アクツル」というので最初は何のことかわからなかったのだが、「白鶴」のイメージで、という意味だったらしい。フランス語はHを発音しないので、妙なことになるわけだ。
本田さんはラジオのレギュラー番組ももっているし、BS11の番組も謎のバーテンダーとしてレギュラー出演。芸能事務所に所属するタレントとしての顔のほかに、パリ音楽院出身の本格的なピアニストとしての活動もある。ひと昔前なら、テレビに出ると芸風が荒れると先生たちに嫌がられたものだが、ドビュッシーの作品の中でももっともシリアスな内容の作品を、しかもクラビノーバで可能なかぎり表現しようとしている。すっかり感心してしまった。
本田さんとの連弾風景と本田さんがエンデンィグでラヴェル『クープランの墓』から「フォルラーヌ」を
演奏しているところを写真でお目にかけよう。
22時に生放送が終わるとみんなで記念撮影し、おしまい。私がぱくぱく食べてしまった南仏料理の残りはスタッフに配るんだそうな。少なくなってしまってごめんなさい。
局で支給されたお弁当をもって家に帰り、お腹をすかせて待っていた主人とカンパイ。朝から3つも仕事をこなした妙に忙しい一日だった。
7月はテレビ東京『ミューズの晩餐』とNHK『名探偵アマデウス』(ヴィデオでの解説のみの出演)の収録があったのだが、ちょっと長くなったので次回に。
|