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2005年1月5日/吉田秀和さんの留守電 昨年の12月4日、大阪から帰ってきたら、留守電のランプが点滅している。再生したら大きな声で「カマクラノ ヨシダヒデカズ。ホン アリガトウ。マダハンブングライシカヨンデナイケド トテモオモシロイ」 うわっ、秀和さんだ。『双子座ピアニスト・・・・』をお送りしたら、すかさず留守電。すごいなー。消せねーよ、これ、とか思いながら聴いていた。 「ボクハ コロンデ ヒザノサラニヒビガハイッテギブスヲハメテイマス。イマハマツバヅエヲツイテアルイテルケド ソンナニカカラズニカイフクスルト オモウ」 「オモウ」がとても自信ありげに響きわたった。 実は、エッセイ集が出たとき、音楽之友社の出版部長さんと一緒に鎌倉に持ってあがりましょうという話をしていた。でも、バタバタしているうちに師走にはいってしまい、出版部長さんは大忙し。せっかちな私は待っていられずにお送りしてしまったのだ。 松葉杖状態ではお伺いできないなぁ、お電話しようかなと思ったが、奥様のバルバラさんを亡くされてから一人暮らし。ということは、電話にも出にくいだろう。あわてて出ようとして家の中でころんだら大変。知り合いの記者にきいたら、FAXがいいですよ、とのこと。 「留守電ありがとうございました。今、リヒテルの1980年のライヴ録音を聴いています。モンサンジョン『リヒテル』の翻訳者の方に送っていただいたのです。耳がおかしくなって、でもまだ譜面を見ないで弾いていたころのベートーヴェンです。何だか真っ暗な坑道の中をトロッコに乗って疾走しているみたいな演奏です。秀和さんはリヒテルの譜面ありと譜面なしと両方お聴きになったことありますか? もし電話のそばにいらっしゃることがあったらコールして下さいましたら嬉しいです」 そんなFAXを打った。 「電話のそばに来ることがあったら」と書いたのは古い家の電話は廊下にあることが多く、わざわざ電話をかけるために廊下に出るのは大変だろうと思ったからだ。2週間後、また大阪に行って帰ってきたら、再び留守電のランプが点滅している。再生すると、同じく大きな声で「カマクラノ ヨシダヒデカズ」 うわっ、また大阪に行っている間だ。何だか織り姫さまと彦星みたい、と思いながら耳をすます。 「FAXアリガトウ。アナタガデンワしてホシイッテイウカラデンワシタケド、ナカナカアナタノコエニイキアタリマセン」 ああ、これはうまい言い回しだな、今度使おうと思ってさらに耳をすます。 「ボク、アナタノイチニチのスケジュールヲシラナイモンダカラ イツモルスバッカリニデンワシテゴメンナサイ。コノアイダノショヒョウハ タイヘンカンメイブカクハイドクシマシタ」 12月12日付の朝日新聞で『吉田秀和全集23、24巻』の書評を書いたのだ。 吉田秀和さんは、私たちペーペーのピアノ弾きにとっては雲の上の存在で、はるかに仰ぎ見るだけだったが、『翼のはえた指』で吉田秀和賞をいただいたとき、水戸芸術館で開かれた授賞式で初めてお会いした。その後、鈴木道彦さんのプルースト『失われた時を求めて』の個人完訳をお祝いするパーティとか、朝日のコンサート評の新年会とか、2、3回はお目にかかっている。本やCDが出るたびにお送りしているし、ときどきハガキで感想もいただくが、そんなに親しかったわけではない。 しかし、書評のために秀和全集を読んでいるうちに、とても親近感を持ってしまった。私は、ある演奏家の演奏を聴くとき、こういう演奏の背景には何があるのだろう、とか、これからこの演奏家はどうなるのだろう、とか考えながら聴く癖があるが、秀和さんも、いつも過去や未来を重ねあわせてお聴きになっているらしい。 指揮者のカルロス・クライバーが死んだときも、ただ偉大な人を亡くした、残念だ、で終わっては何もならない。あんなにステキな指揮をする人が、どうして自分で自分の道を閉ざしてしまったのか、というようなことを考えなければ評論したことにならない。外的なものにまどわされるような人ではないから、きっと内的な要因だろう、と書いてある。 エキセントリックな演奏をするピアニストについても、わざと変わった演奏をしているのか、いろいろと探求していくうちに自然にこうなったのか、というようなことを見きわめるのが批評家の仕事だ、とも書いてある。我が意を得たり、という感じで嬉しかった。 その昔、自分もふくめた評論家たちが推奨した録音を聴き返してみると、やっぱりすばらしいと思うこともあるが、驚くほどつまらなく感じることもある。いったい、人間の頭や耳はどういうことになっているのだろう、と時代の耳の変遷を実感し、それを率直に語っていらっしゃるところにも共感をおぼえた。 書評が掲載されたあと、ずいぶん沢山の方から、読みましたよ、と言われた。すごいねー、大批評家を批評しちゃうなんて、とか。秀和さんは、ことに作家や文芸評論家など、文学畑の方々に人気がある。音を言葉に変える錬金術師のような存在だからだろう。 クリスマスにまたFAXを打った。クリスマス・ツリーを描き、天使やらクマさんやらおうちやら星やらで飾る。バルバラさんがお元気なころは、3日間クリスマスを祝い、バッハを聴く習慣だと書いていらしたからだ。 「すみません! また大阪でした。リヒテルは、『凶暴で野蛮な』ころと『本当に心をひかれるような時』への変化に、楽譜を見て弾き始めたことが関係しているのではないか、と推察しています」 2度も留守電をいただいたので、今度はこちらからお電話することにした。案外すぐに秀和さんが出てきた。もう松葉杖はとれて、家の中は歩いているが、路上を歩くのはまだこわい。いろいろ凸凹があったり傾斜していたりする。でも、家の中ばかりいてはダメで、今のうちに路上練習をしておかないと元通りにならないと言われた、とのこと。思わず、「難しい曲を練習しないとピアノがうまくならないのと同じですね」と言ってしまった。 ヴァン・クライバーンのCDを聴いたときの話をして下さる。 「ちっとも面白くないピアニストだと思っていたが、チャイコフスキー・コンクールで優勝してすぐに録音したラフマニノフはピチピチしていてとてもよかった。ソ連の人のフラマニノフとは全く違って新鮮だった。ところが、それから2年後ぐらいの録音を聴いたら、もうすでに干からびた演奏になってしまっていた。アメリカという国は広いから、いろいろなところにひっぱりまわされているうちに使い切ってしまったのだろう」とのこと。 イーヴ・ナットの演奏はお聴きになりましたか? ときいてみる。ピアニスト論でとりあげる我が師バルビゼの先生で、往年の名ピアニストだ。 「パリで聴いた、1954年ごろ」 ナットは56年に亡くなっているから、最晩年だ。 「如何でしたか?」 「『月光』の曲が、1楽章がものすごく速くて、3楽章がものすごく遅い。まるでどちらも同じテンポのよう。でも、すごい演奏だった」とのこと。 芸術を論じることの難しさも話題に出た。 「人間という生き物は、どうしても生の魚では満足できなくて料理したがる。まだ焼き魚や煮魚ならいいが、あんまり学がすすむと、干物になったり缶詰になったりする」 これには、大笑い。 遊びに行ってもよろしいですか? と伺ったら、大丈夫、いらっしゃいとのこと。1月3日のお茶の時間にお邪魔することにした。 ネットで地図を調べ、電車の時刻表も調べ、ちゃんと3時には駅に着くように案配した。交番で付近の地図もゲットした。ところが、どうしても吉田秀和さんの家がみつからないのである。ぐるぐるまわっても、いっこうにそれらしい家が出てこない。あきらめて最初の路地にもどり、携帯で電話を入れた。足が悪い方を呼び出すのは気が引けるが仕方ない。 以下はその問答。 「近くまでは行っていると思うのですが、お宅がわからないので?」 「今どこですか?」 私は左側と右側の番地を言った。 「番地を言われても、わからないなァ」 「交番で教えられた通り歩いてきたんですが吉田秀和という表札の出ている家がなくて」 「あ、表札はない」 「えっだってそれじゃあ、わかるわけないじゃねいですか」 ところが、またいかなる奇跡か、私がいる目の前の家が、偶然秀和さんのお宅だったのである。 「でも、インターフォンとかないですよ。どうやって...」 「門に掛け金がかかっているでしょう。それをはずすんです」 「どこに掛け金?」 「のびあがると門の裏が見える。腕をのばして掛け金をはずして下さい」 でも、門は身長153センチの私のあごのあたりまであり、のびあがっても全然見えない。上から腕をのばしても掛け金にかすりもしない。 「マジっすかー、私、チビで届かないんですよ」 自慢じゃないが、私はサンソン・フランソワ並みに腕が短い。 「じゃあ、僕があけに行きます」 ここで私が思い出したのは、『ピノッキオ』の一場面である。夜中にピノッキオが帰ると、門が閉まっている。どんどん蹴っていたら、足がはさまって動けなくなってしまった。最上階の窓があき、カタツムリの仙女さんが「今開けに行きます」と言ってくれる。でも、とにかくカクツムリなのである。ピノッキオは一晩中門に片足をはさまれたまま立っていなければならなかった。 これは大変と、思いっきり腕をのばすと、何とか掛け金にさわった。横に動かすと、門は開いたのだった。大急ぎで路地を走り、玄関に。秀和さんはちょうど玄関をあけようとしているところだった。 ふー、お家にはいるだけで疲れてしまったので、会見についてはまたいずれ。 |
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