2004年11月22日/有名にならない権利:クートラスとアルカン
エッセイ集『双子座ピアニストは二重人格?』(音楽之友社)のプロモートを兼ねてある新聞社を訪れた私は、帰りに銀座の画廊「無境」に立ち寄った。
11月19日、天気は雨。何週間か前、ここでロベール・クートラスという物故画家の個展が開かれ、ご案内をいただいたのだが日程が合わず、とうとう行けなかったのだ。そのおわびに本でも持って・・・というつもりだった。
ところが、個展は終わっていたが、クートラスの作品の中核をなす「カルト」作品(フランス語でカードの意。新興宗教団体とは関係ない)は展示されていて、実際に見ることができたのだ。
クートラスは1930年パリのモンパルナス生まれ。85年に、やはりパリで逝去した。徹底して商業主義を嫌った画家で、力のある画廊と契約してもすぐに断ち切ってしまう。
トランプのデザイン・コンクールで優勝しても、賞金はもらっておいて商品化は断る。晩年は赤貧洗うがごとしの生活で、栄養失調からくる壊血病で亡くなったとも言われている。
小さな画廊の奥には、お茶室を模したスペースがあり、その一番奥の壁にクートラスの「カルト」をステンドグラスのように並べた額がかけられていた。縦12センチ、横6センチほどのタロットカードを模した厚紙の上に、さまざまなモティーフが描かれている。本物のトランプのように上下さかさまの人物が配されているものもあるし、タロットと同じように骸骨を描いたものもある。草木の文様、動物、昆虫。そうかと思えばた
だの丸が転々と並んでいたり、トランプの裏のような文様の中心に人の顔だけが置かれていたり。
ついつい引きこまれ、見入っていると、案内を下さった山内彩子さんから「これはクートラス自身が並べたものなんですけれど、他にもいろいろな組み合わせを楽しめるんですよ」と声をかけられた。
写真のファイル・ブックのようなものに、一枚一枚が保管されていて、自由に出し入れすることができる。テーブルの上に白いスケッチブックを広げた山内さんは、気になるカードを出してこの上に並べてみて下さい、とおっしゃる。ちょっとドキドキした。
ひところ作曲で流行った不確定性の原理のようだ。ばらばらの楽譜を譜面台に起き、演奏者の好みでどの順番に弾いてもよい。どの順番でもいいけれど、個々の楽譜は作者の提供した断片にすぎないから、コンポジションは演奏家の責任になる。つまり、芸術性やセンス、構築性が問われるということになる。
それを、美術の専門家である画廊の方の前で即興的にやらなければならないとは。
カードの表面はぼこぼこしていて、ちょっと目には板の切れっ端のように見える。そこに絵の具が盛り上がっている。お金のなかったクートラスは、身のまわりの厚紙、ティッシュの箱でも何でも材料に使ったという。ちょっと形は細長いが、昔男の子たちが集めていたメンコを思い出した。
結果的に、私がスケッチブックに並べたカードは、砂漠についた足跡のような丸が転々とついているだけのものと、文様の真ん中に顔があってこちらをじっと見ているものが多くなった。ときに動物の顔だったりすることもあるが、同じようにじっとこちらを見つめている。
山内さんが、『芸術新潮』2003年11月に掲載された特集記事を見せて下さる。クートラスのポートレイトを見たとたん、あー、この目だ、と思った。写真を撮る人を上目づかいに見る、さぐるような目。他人と自分との距離を見定め、値踏みしている目だ。こいつは、どこまで自分のことをわかってくれるだろう、いや、ダメだ、こいつにはそんな値打ちはない、そう考えてでもいるように。
ここで私が思い出したのは、すでにこの日記に何回か登場しているフランスのピアニスト、アンリ・バルダの目だ。彼もまた、売れることを拒否したアーチストだった。だったと言っても、今だって生きているが、とにかく、そういう人生を送ってきたらしい。らしい、というのは彼がいっこうにしゃべってくれないから推察するしかないのだが。人に知られない権利、有名にならない権利もあるのだ、と改めて思った。
でもバルダさん、画家は死んでしまっても作品を手にとって見ることがきる。発掘され、再評価されるチャンスがある。舞台芸術家はそうはいかない。今弾かなければ、今録音しておかなければ、あなたのすばらしい芸術は時の流れとともに永遠に消え去ってしまう。
21日には世田谷美術館に行った。展覧会を見るためではなく、講堂でピアノのコンサートを聴くために。プロムナード・コンサートと題されたシリーズで芸大の大学院に在学中の森下唯君のリサイタルが開かれる。
森下君の名は、中学時代の同級生の紹介で知った。ショパンやリストと同時代に活躍したフランスのコンポーザー・ピアニスト、アルカンにほれ込み、大学3年のときには、試験の一環として開かれる学内演奏会で芸大史上初めてアルカン作品を弾き、話題を呼んだという。
今年の第2回東京音楽コンクールでは、やはりアルカンを弾いて第2位に入賞している。このときに審査員だった音楽評論家の丹羽正明さんが森下君の演奏に注目し、たまたま企画協力をつとめていたプロムナード・コンサートへの出演を依頼したのである。今のところ大きな受賞歴はないが、口コミでファンが増えるタイプのピアニストだ。
バルダのリサイタルのときもそうだったが、一曲目の『ソナチネ作品5』は遅れてしまって聴けなかった。世田谷美術館は行きにくいところにある。成城学園駅からバスで15分、そこから歩いて10分。こんなに遠いと思わなかった。
キャパ180 人ほどの講堂は満員で、整理が必要なほど。ゆるい円形の段がスタンウェイのコンサート・グランドをとり囲み、どの方向からでも見やすいようになっている。
『スケッチ集作品63より1〜12番』の演奏前に、ピアニスト自身による作曲家と作品についての簡単な説明があった。アルカンもまた、売れることを拒否しつづけた作曲家だったのだ。プログラムに書かれた森下君の解説によれば、「社交の場に出ることを嫌い、ある時期からはほとんど家に引きこもって暮らして、世間から変人扱いされていた」という。
1813年というから、ワーグナーと同年の生まれ。10年生まれのシューマン、ショパンや11年生まれのリストともほぼ同世代だが、知名度は比べものにもならない。以前は中村摂によって、現在はマルク・アンドレ・アムランによって紹介されるまでは、作品に接する機会もなかった。
聴衆は、森下君のユーモラスで熱っぽい説明にときどき反応しながら聞き入っている。自分が売れたい、というよりは、自分の好きなアルカンという作曲家を何とか沢山の人に知ってもらいたい、その魅力を多くの人と共有したいという切なる思いが伝わってくる。
アルカンの代表作は、『短調による12曲のエチュード』(1857)で、演奏至難といわれる作品。「エチュード」と言っても、ショパンやドビュッシーのように小品の集まりではない。一曲一曲の規模が大きく、オーケストラの効果をピアノに託した交響曲や協奏曲などを含み、その中のたった一つの楽章だけで30分もかかる曲もある。
しかし、アルカンの本当の魅力は、それとは対極にある小品にこそあらわれているのだ、と森下君は言う。『スケッチ集』は初めて聴いたのだが、不思議な作品だった。親交のあったショパンの『24の前奏曲』はハ長調から始まって24の長調・短調をめぐり、最後はハ短調で終わるのに対して、アルカンはもうひとめぐりし、49曲目でハ長調に戻っている。12曲ずつ4巻に分けられているが、この日弾かれたのはその第1集の12曲だ。
文学的な表題を嫌ったショパンに対して、アルカンは各曲に意味深なタイトルをつけている。それは、同時代のリストのように標題音楽的なものではない。どちらかというと、フランス近代のドビュッシーやラヴェルのように象徴的なもの。あるいは、逆にさかのぼって、ヴェルサイユ楽派のクープランがつけた「ほのめかし、あてこすり」的なタイトル。
第1曲など、ただ聴いているだけならショパンのノクターンを思わせる甘美な曲なのだが、アルカンはそこに「幻影」とつけている。第8曲「偽りの無邪気さ」などは、クープランの『フォリー・フランセーズ、または恋のドミノ』の精神を受けついでいるに違いない。第4曲の「鐘」でオスティナートのように鳴っているのは、クープランの「シテールの鐘」か、はたまたラヴェルの「ジベ」の鐘か──。
そして、第9曲「ないしょ話」。全体はメンデルスゾーンの「無言歌」そっくりなのだが、ハーモニーの進行が突然どさっとはずれる。つまり、その時代だったらありえないような方向に転調してしまう。このはずし方がまた、そもそも和声法が確立されていなかった18世紀ロココ時代に回帰しているのか、それとも意識的に和声法を破壊した19世紀末印象派を先どりしているのか、どちらなのだろう、と聴き手を考えこませるのである。私は、ラモー「異名同音」の背中がぞくぞくするような響きを思い浮かべた。
プログラムに書かれた森下君の解説も面白い。たとえば、第7曲「戦慄」。「それまで幸せだと思っていた日常の裏におぞましいものが隠れているとしたら・・・といった発想をそのまま曲にしたもので、その思いつきは当時としてはずいぶん先鋭的だろう」
第11曲「嘆息」。「『11の和音(着信メロディー風に言うなら『6和音』とでもなるだろうか)などの、近代フランスを先取りしたようなゆるい響きが、どうにも元気の出ない気持ちをみごとに表現している」
演奏もまた、流れゆく時間の中で、アルカン特有のひねりを的確に示してくれる。森下君の繊細かつ強靱な指を通して、作曲家の心の闇や皮肉っぽい精神から、意外に無邪気な遊び心まではっきり伝わってくる。
しかし、この「ひねり」は、こんにちの我々の時代だからこそ理解できるものなのだ。つまり、ワーグナー、フランス近代、20世紀音楽を経てきた我々の耳だけがとらえることのできるアルカンの革新性。はたまた、古楽研究がさかんなこんにちだからこそできる、ジェズアルドやモンテヴェルディやクープランやラモーとの比較。
アルカンは、こうしたことを全部ふまえた上で、同時代の耳を拒否したのだろうか?
ふと、アルカンは、どんな目をしていたのだろう、と思った。
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