2004年10月23日/14年越しのエッセイ集
机の整理をしていたら、ケースにはいった古いフロッピー・ディスクが出てきた。
中にピンク色の紙がはいっている。なんとなく、見おぼえがあった。
「私は、刺激してさえもらえばいくらでも書ける状態にありながら、ついにひびきあうエディターにめぐりあうことなく終わりました。
自費出版でよいですから残した雑誌原稿と未発表のものをまとめて下さい。
1)軽いエッセイ
2)文学−音楽論
3)演奏家論
4)祖父のこと
5)水の音楽
1998年3月」
あっ、思い出した。遺書だ! 1998年ということは、今から6年前。まだ、それしかたっていないのか──。
何を思いつめていたんでしょうね。1996年9月にエッセイ集『ショパンに飽きたら、ミステリー』が出て、11月にリリースした最初のCD「ドビュッシー・リサイタル」も評判がよく、97年1 月のリサイタルでは、あの紀尾井ホールがいっぱいになったし、3月にはドビュッシーの評伝『想念のエクトプラズム』も刊行、客観的に見れば順風満帆だったはずなのに。
『ショパンに飽きたら・・・』出版のきっかけをつくって下さった編集者の方( 本そのものの担当者ではない) が重病に冒されていることがわかり、なんだか世界が消失したような感じがしてしまったのです。
音楽雑誌などのエッセイだけではなく、きちんとした本を書く人になりたくて、でも音楽の世界にいるために足がかりがつかめないで途方に暮れていた私に扉を開いて下さった方だった。いろいろな文学者の集まりにも連れて行って、モノ書きピアニストとしての「顔」を売る手助けをして下さった。
一番よくおぼえているのは、『ドビュッシー』が出たときのことだ。出版をお知らせしたら、すぐに八重洲ブックセンターに行きましょう、と言われた。実際に雑誌を手にとりながら、この書評家に送ってみたらどうか、とか、こういうメディアに送れば書評が出るよ、とかアドヴァイスして下さった。
本の担当編集者は、他にも沢山本をかかえているからそんな世話はしてくれない。長いこと、長いこと、長いこと本を書きたいと思い、やっと形になりはじめたところだったのに、もう応援してくれる人はいない、出会うのが遅すぎた、という絶望感におそわれたのをおぼえている。
99年6月に出た『翼のはえた指──評伝安川加寿子』の担当編集者を紹介して下さったのも、その編集者の方だった。亡くなったのは3月。『翼のはえた指』の刊行には間に合わなかったが、一時退院していらしたとき、原稿を見せに行ったら2時間かけてチェックして下さった。初校ゲラが出たときはもう再入院していらしたが、まだ意識があり、お目にかけることができた。
遺書のリストにあった『水の音楽』の企画が出版会議に通ったときも、知らせに行ったら意識不明のはずなのに親指と人指し指でマルを作って下さった。「やったネ」という感じで。だから、意識不明の方でも、耳は聞こえているんです。絶対にベッドサイドでお葬式の相談とかしてはいけません。
6年前につくったリストのうち、祖父の評伝『青柳瑞穂の生涯』は2000年9 月、『水の音楽』は2001年9 月に上梓された。3)の演奏家論は現在執筆中で、来年春ぐらいに出るだろう。2)の文学−音楽論も、来年夏ぐらいには。
そして、この11月20日に刊行されるのが、1)の軽いエッセイ集である。
私は、1990年に東京音楽社( 現ショパン) から『ハカセ記念日のコンサート』というエッセイ集を出している。このとき、1 冊目が順調に売れればすぐに2 冊目をつくりましょうと言われ、原稿は準備していた。しかし、初版2000部が全部売れず、結局2 冊目の企画はボツってしまった。その後、いろいろな出版社でアンソロジーの企画会議にかけてもらったが、すべて落ちた。
去年の1月に『ムジカノーヴァ』で連載をはじめたとき、一番の目的はエッセイ集の核になる原稿をつくることだった。1 年半つづき、ある程度枚数も溜まったので、編集長を通じて音楽之友社出版部に単行本化を打診していただいた。連載分だけでは分量が足りないので、2冊目用に用意した原稿をはじめ、それ以降に書きためた雑誌原稿も一緒に入れておいた。そうしたら、出版部長さんが、まずそちらで一冊出したい、と言って下さったのである。
最初は、ちょっと複雑だった。だって、20年ぐらい前から『音楽の友』はじめいろいろな雑誌に発表してきたエッセイなのである。なんでいまさら、と思わないでもなかった。どうして、あのときに言ってくれなかったの、とか・・・。
でも、読み返してみて気持ちが変わった。本当に書くのが楽しくて仕方なかったころの文章たちだ。今のように書く仕事が多くなかった時代だから、注文が来ると嬉しくて、とびつくようにして書いた。ときどきあんまり書くのが早すぎて、FAXしたら担当さんに断りの知らせかと思われたほどだ。時間はたっぷっりあったから、一篇一篇、一字一句、推敲に推敲を重ねた。
ドビュッシーの研究、安川先生の評伝、祖父青柳瑞穂の評伝、水の音楽。大きな仕事のかたわら、いろいろなメディアに発表してきたものだから、そのときそのときのエッセンスが詰まっている。これが一冊にまとまるのは、やっぱりとても嬉しいことだった。
私は現在朝日新聞で書評委員をしている。委員会は2週に1度。その時期に刊行された本の中から記者さんたちが選んだ百冊ぐらいが詮議の対象になる。小説、ノンフィクション、外国文学の翻訳もの、政治・経済関係の本、歴史書、映画評論や美術評論、たまに音楽書──。
その中で、いろいろなメディアに発表したエッセイをまとめた本は、なかなか選書されないし、されても低く扱われる。全体を統一したテーマがないし、どうしても「寄せ集め」と思われがちなのだ。書き下ろしよりも労力をかけていないという印象を与えるらしい。
でも、実際に編集する作業は本当に大変だった。まず第一に、それぞれの発表媒体によってアプローチもスタンスも違う。私は割合にサービス精神旺盛な方だから、音楽関係のメディアに書くときは文化的な事がらについてかみくだいて説明したくなってしまうし、文学関係のメディアでは、逆に音楽について啓蒙的になりがちだ。
それを通して読んでみると、とても変なことになる。全体のトーンの統一で脂汗を流した。といっても、文章の方向まで変えるわけにはいかなかったけれど。
用語や用字の統一もひと仕事だった。いろいろなメディアに寄稿したものだから、そ
れぞれの雑誌や担当編集者の好みによって、どの漢字を開く、開かないという基準が違う。これまた通して読んでみると、不統一が目につく。
大きな本を書いている間に執筆した原稿たちだから、表現が重なりあっていることも ある。これは「デジャ・ヴュ」といって、出版界ではとても嫌われる。かといって全く別のことを書くわけにもいかない。同じことを別の表現に変えるとか、別の例を探すとか、そんな作業に信じられないぐらい手間どった。
文章そのものも、14年前からの集成だから、さまざまに変化してきている。書いた当初はとても流れのよい文章だと思っていたものでも、全体を通して読んでみると、論文調で固く感じたりする。これも、ある程度の統一をとるのに時間がかかった。もしかすると、最初から書きおろした方が早かったのではないかと思うぐらい。
でも、一番大変だったのは、やはり個々の文章をどの順番で並べるか、どのように構成するか、ということだった。最初に出版部長さんが出してきた構成案は、ドビュッシーをはじめ作曲家論を前面にすえたものだった。直球勝負。音楽関係の出版社なのだから当然のことなのだが、ちょっと首をひねった。
新日フィルのプログラムはじめ、いろいろ面白い仕事をまわして下さるフリーの女性編集者荒井恵理子さんにご相談した。彼女のアイディアは、「ピアノを弾いて書く私」をまず最初にアピールしよう、というものだった。文筆の世界と演奏の世界を行ったり来たりすると、そのたびにダブル・カルチャーショックを受ける、そんな内容ものを選んで入れる。それからドビュッシーと作曲家論、文化的背景と並べ、軽いエッセイでちょっと休憩タイムをとり、最後は演奏論と批評論でしめる。
私もその方がいいと思い、彼女の構成案をさらに組みなおして、てんでばらばらな原稿たちを7つの章にまとめ、出版部長さんにご提案したところ、快く了解して下さった。
その後も、ゲラが出るたびに順番はころころ変わったが、何とか現在の形に落ち着いた。
序 コラム ドビュッシーの時間
第1章 私の中の「二つ」
第2章 ドビュッシーの中の「二つ」
第3章 ピアニスト的作曲家論
第4章 音楽の背景
第5章 大いに飲み、食べ、語る
第6章 ピアニスト的演奏論
第7章 演奏することと書くこと
各章の間には、箸やすめのような形で、1990年に『音楽鑑賞教育』に連載していたコラム「ちょっと面白い話」が挿入されている。
タイトル選びまた、大変だった。最初の打ち合わせでは、「奏でられる言葉、つづられる音」という美しいタイトルがついていた。でも、そのタイトルに合わせた装丁案を見たら、内容とくい違っているのではないかと心配になった。少しとりすました感じがする。実際には、音楽批評にかみついている過激な文章もあるし、ピアノを弾いている演奏家の胸の内など、かなりおふざけで書いているものもある。もっと大人しくない、人を喰ったようなタイトルはないだろうか。
いろいろ考えた末、以前、岩波の「図書」で「キャンセル天才、しない天才」を書いたとき、いろいろなところから反響のあった「双子座」をキーワードに使うことにした。「双子座は身の内に両極端なものをかかえこんでいる」というアリシア・デ・ラローチャの表現を借りて、「双子座ピアニストは二重人格」。
あんまり断定してしまうと全国の双子座さんに嫌な思いをさせるかもしれないから、最後に「?」をつけた。サブ・タイトルは「音をつづり、言葉を奏でる」。
帯のキャッチコピーも二転三転した。最初に出した「モノ書きピアニストのダブル・カルチャー体験」というのは、営業サイドからわかりにくいという声があがり、ボツ。でも、「作家ピアニストの珠玉のエッセイ集」なんて嫌だし・・・。締切を2日もすぎてから、ふと「ジレンマ」という言葉を思いついた。「弾いて書くジレンマ!!」
装丁も、わがままを言っていろいろな案を出していただいたが、最終的に、私が30年前に書いた絵をアレンジして使っていただくことになった。
文章は20年前から、表紙は30年前。えらく古い本になってしまったなぁ。でも、なんとか、生きてこの本を出すことができて、幸せです。
*エッセイ集『双子座ピアニストは二重人格?』は、音楽之友社より11月20日刊行予定。
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