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2004年10月5日/プレイエルとベヒシュタイン 昨年秋に出演した「浮遊するワルツ」のリサイタル後、小金井にある宮地楽器の調律師・長塚啓子さんからメールをいただいた。長塚さんは、学芸大付属の小金井中学での1年先輩で、私と同じ音楽クラブに所属されていた。 宮地楽器では、店のホールでピアノの指導者を対象とした公開講座を主催している。思い出の小金井の地でレクチャー・コンサートを開いていただけないか、というような内容だった。 スケジュール調性の結果、9月28日に決定。講座のタイトルは「ドビュッシーをおしゃれに弾くために」。演奏予定の曲目は、クープランやラモーのクラヴサン曲と、ドビュッシーの『2つのアラベスク』『ベルガマスク組曲』から「月の光」「パスピエ」「亜麻色の髪の乙女」「沈める寺」など。 普通、楽器店での講座ではヤマハを使うのだが、今回は少し珍しいメーカーの楽器を用意していただいた。ドビュッシーが書斎に置いていたといわれるプレイエルとベヒシュタイン。勿論、当時の楽器ではないが、それなりに面影は残っているだろう。 ドビュッシーが使っていた楽器については、敬愛する音楽学者笠羽映子さんが翻訳されたルシュール『クロード・ドビュッシー』(音楽之友社)に詳しい。プレイエルは、ピアノ会社から提供されたマホガニー色のアップライトだったという。ベヒシュタインもアップライトで、エディターのデュランによれば、ドビュッシーはこれを「ドイツ野郎のピアノ」と呼んでいたとか。 ベヒシュタインは1853年にベルリンで製造され始めたピアノだから、ドビュッシーの時代にはまだ比較的新しいメーカーだったわけだ。対してプレイエルは、1807年に作曲家のイグナーツ・プレイエルが設立した会社の製品。ショパンが愛したピアノとしても知られている。 講座前日の27日に試弾を行うことになった。このころ私は、11月に出るエッセイ集『双子座ピアニストは二重人格?』の初校ゲラをかかえて、フーフー言っていた。校正者と編集者のチェックがはいったゲラが届いたのが25日。戻しはレクチャー翌日の29日。全然時間が足りない! 26日は、さまざまな疑問点や漢字・用語の問題を考え、事実関係を調べなおして赤字を入れたりホワイトで消したり、パソコンで打って推敲したものをまたゲラに写したり、バタバタしながら、ときどきピアノを練習していたら、とうとう徹夜してしまった。ちょうどイチローの大リーグ年間安打新記録が迫っていたので、BS放送を聴きながら。 27日もぎりぎりまで仕事をしてから、3時に楽器店に向かった。雨が降っていて寒い日。眠いし、目はチカチカするし、お腹はすいているし──であんまり機嫌がよくなかったのだが、ホールに並べられたプレイエルとベヒシュタインを弾いたとたん、すっかり幸せな気分になってしまった。 プレイエルはもっちりした蜂蜜のような音で、弾いているうちにだんだん輝いてくる。タッチは軽くて、ラモーの「鳥のさえずり」など、本当に鳥たちが呼び合っているような効果が出る。楽器からイマジネーションをもらうと、クープランもラモーもとても喜んでいるのがわかる。 ベヒシュタインは、ドビュッシーに必要な響きの弾きわけがきちんとできる楽器だ。たとえばバスをボーンと鳴らし、上の方の音をチーンと響かせ、内声を歌い、和音をつける。全体が溶け合っていながら、それぞれの声部の動きもはっきり聴きとることができる。これは嬉しかった。 家に帰ると、ピアノを弾きながらレクチャーの原稿を作成し、また夜明けまで校正の仕事をしたが、気分がいいのでずんずんはかどる。 講座当日は雨もあがり、まずまずのお天気。80席ほどの客席はほぼ埋まっていた。 ステージ上手にベヒシュタイン、下手にプレイエルが、それぞれ蓋を半分ほど開いて斜めに並べられている。最初にプレイエルの方でクープラン(1668〜1773)の『百合の花ひらく』を弾いた。ルイ14、15世に仕えたロココの作曲家クープランが、ブルボン王朝の象徴である百合の花が咲きそめる様子を描いた曲。ひそやかな、でも凛としたステキな曲だ。 トークでは、「おしゃれ」の意味を少し説明した。おしゃれというのは、要するにやぼったくない、ということだ。具体的には軽い、繊細な、洗練された、というような感じ。精神的には18世紀ロココですね。胸の内を全部さらけだすロマン派とは反対に、心情を吐露せず、エスプリに富んだ会話のキャッチボールを楽しむ。でも、だからといってものごとを深く感じていないわけではないし、心の襞がないわけでもないのだ。 フランスの評論家マルセル・ブリオンは、「ロマン派は、ふつう考えられているのとはちがい、18世紀よりもずっと心配性ではない」と書いている。 「芸術創造の面でのロマン派の建設的な意欲は、ロココがそれに苦しみながら、気楽な幸せと影のない快楽の外見の下に隠していた、分裂と分解の過程とは対照的であった。ロココは、とりわけ失敗を自認しないですむように、目をつぶっていたのである」(喜多尾道冬訳) ドビュッシーの言葉に、「ものごとを半分まで言って、あとは想像力に接ぎ木させる」というのがあるが、これもロココ精神に通じるかもしれない。 ドビュッシーのピアノ曲には、ショパンとクープランという2つのルーツがある。晩年の傑作『12の練習曲』は、ショパン全集の校訂に触発されて生まれた作品だが、ドビュッシーは、ショパンに捧げようか、クープランに捧げようか迷っている。『映像第1集』には「ラモー賛」という曲もあるし、ドビュッシーにとってクラヴサン音楽のスタイルや奏法はそれほど重要だったのだ。 クラヴサンという楽器は羽根のようなもので弦をひっかくので、音が長くつづかない。作曲家たちは、トリル、パンセ、モルデントなど華麗な装飾音で旋律をふちどった。モダン・ピアノと違って圧力に頼れないので、指先の微細なコントロールが求められる。キーはとても軽く、クラヴサン曲には目にもとまらぬ速いパッセージ、ころころまわるトリルが続出する。モダン・ピアノで弾くときは、粒のそろった鮮やかな技巧が必要となってくるわけだ。 クラヴサン曲によく出てくるグリッサンドのようなパッーセージは、打つ前の指をひとつひとつ上げるのではなく、弾き終わった指をすばやくひきあげるようにして弾くと、軽く速く弾ける。指先は4Hのように固くしておく。全部の指をおさえておいて、はしから一本一本上げていく練習で準備するとよい。 そんなテクニックの数々を、具体例を示しながら解説していく。 クープランの『小さな風車』や『修道女モニカ』を弾いたあと、ラモー(1683〜1764)に移った。 クープランとラモーの年の差は、ちょうどドビュッシーとラヴェルぐらいだろうか。クープランはクラヴサン曲や室内楽など規模の小さな作品に真価を発揮したが、ラモーはオペラやバレエなど規模の大きな曲をつくった。職人肌のクープランが『クラヴサンの技法』という本を書いているのに対して、理論家のラモーは和声法の本を書き、近代和声学のもとを築いたと言われている。 でも、ラモーの『鳥のさえずり』の真ん中あたり、二本の線がからみあいながら下りていく部分には、思わず背中の皮がよじれそうなところが出てくる。機能和声法が確立されたのはハイドンの時代。それ以前は、ヨコの線には規則が沢山あったが、タテ線は割合に自由で、不協和音だって平気だったのだ。 『鳥のさえずり』についで有名な『タンブーラン』を弾いたあと、『村人たち』『やさしい訴え』をつづけて弾いた。プログラムには載せていなかったのだが、これには理由がある。つい最近、『博士の愛した数式』で知られる小川洋子さんの小説の文庫本解説を書いたのだが、タイトルが『やさしい訴え』といって、他ならぬラモーからとられているのだ。 作品の内容も、クラヴサン音楽と深くかかわっている。すばらしいピアニストだったのに、一人でも聴衆がいると弾けなくなってしまい、クラヴサン制作者に転向して、人里離れたところで工房を築いている新田さんという男性と、その助手をつとめる薫さん。夫と別居して、工房近くの別荘に引っ越してきた瑠璃子さんというカリグラフィの専門家とのトライアングル。 実は、ドビュッシーもすばらしいピアニストだったのに、人前で弾くのが苦手で、「二人以上聴衆がいると、自分はとたんにミスタッチを始める」と書いている。繊細すぎる神経。 新田さんは、薫さんの前でしかクラヴサンを弾かない。弾くのは、いつも『やさしい訴え』。薫さんが瑠璃子さんに弾いてきかせる曲も『やさしい訴え』。新田さんは楽器制作で大きなトラウマをかかえ、薫さんも過去に辛い思い出を背負っていた。そして、夫との離婚を考えている瑠璃子さんも・・・。 ラモーの『やさしい訴え』は、傷ついた人々をやさしく包み込んでくれる。プレイエルで弾くと、しみじみした哀しみがひろがっていくようだ。 後半はベヒシュタインに移り、ドビュッシーのよく知られた小品を演奏しながら解説する。『アラベスク第1番』ではショパン・ルーツの重さを移していくレガートの弾き方、『同第2番』では、クラヴサン・ルーツの縦に切るスタッカートや装飾音の弾き方。「月の光」では、ドビュッシー・オリジナルの重音のメロディの弾き方。「パスピエ」では、いろいろな種類のスタッカートの弾きわけ方。「亜麻色の髪の乙女」では、安川先生秘伝のペダリングとその練習方法。「沈める寺」では、くぐもった音、光る音、のびる音、余韻の残る音・・・といろいろな響きのつくり方。 軽やかさ、繊細さ、微妙な色合いの変化。思い通りに反応してくれるピアノに感激しながら弾いていたら、予定の2時間はあっという間にすぎてしまった。最後に「ショパンの愛した楽器」プレイエルに戻り、ワルツを一曲だけ弾いてお開きにした。 |
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