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2004年3月10日/小さな大聴衆 母校の小学校でピアノを弾く機会があった。 杉並区立第7小学校。私が通ったのは3年生の1学期までだ。 隣に住んでいる従弟夫婦の長女が現在2年生で、授業の一環として「あなたのまわりにいる名人を探してきましょう」というお題を出されたらしい。 「如何でしょう」と打診されて、はたと困った。私は名人にはほど遠い。味とセンスで勝負する小さな小さな存在。ピアノ名人などと言われたら、とても恥ずかしくなってしまう。でも、「あなたのまわり」だから、いいか。 聴衆は2年1組の40名+担任の先生と若干の父兄。 音楽室に行くと、みんな元気にさわいでいる。 ピアノは蓋を閉じたまま、お尻をお客さんの方に向けて置かれていた。動かそうかな、と思ったが、お皿の上にしっかり乗っているから、大変そうだ。見渡したところ、先生にも父兄にも男性はいない。 とりあえず蓋を全開にすると、わーっという歓声があがった。いつもは合唱の伴奏だから閉めているのだそうな。 なるべく弾いているところが見られるように、こちらからみて右側に寄ってもらうことにした。 クラス委員(?)の子が立ち上がり、「起立!」という号令をかける。 「こんにちわ」「よろしくお願いします」の挨拶で授業がはじまった。 最初に、ドビュッシーの『アラベスク』第1番と第2番をつづけて弾いた。案外、静かに聴いていてくれる。けっこう派手に終わる2番を弾きおえると、ちょっと歓声があがって嬉しくなった。 みなさん、こんにちわ。・・・ちゃんのおばさんです。 私もこの小学校で学びました。ちょうど2年生のとき、すごい台風があって、校庭がプールみたいに水びたしになっちゃったのをおぼえています。すごく嬉しかった! ここで「どうして?」という声があがる。「だって、学校休みになるじゃん」。みんな、腑に落ちないような顔をしている。まだ、学校行くのがうれしいんだな。 昔は真ん前に花籠部屋があって、お教室からちょっと外を見ると、貴乃花・・・知ってますか? ときくと、「知ってる!」という声がとびかう。貴乃花親方のお祖父さん、初代若乃花っていうお相撲さんなんですが、キャッチボールやっているところとか、見れたんですよね。ここですかさず男の子たちは、キャッチボールの動作をやってみせる。若乃花が優勝すると、青梅街道をパレードするので、パールセンターは人でいっぱいで、ちょうど今の七夕祭りみたいだったんですよ。 みなさん、ピアノ習っているお友達も沢山いますよね。「習ってる!」という声。手をあげる子もいる。私が杉7に通っていたころは、全然いなかったんです。お父さん、お母さんから、ピアニストになるために練習するように言われてましたから、朝学校にいくまでに30分とか、帰っておやつを食べるまでに1時間とか、夕食前にまた1時間とか、練習していました。ここで、うぉーという声があがる。 学校から帰ると「あそびましょ」ってお友達が誘いに来て下さるんですが、ピアノのおけいこがあるから遊びに行けない。それで、全然友達がいなくなっちゃったんです。それで、3年生のときに転校しました。みんな、しーんと静かになる。 子供のころの私は、とってもさびしがりやでした。遠足が一番いやでした。まだお給食はね、先生が決めてくれた机で一緒に食べられるでしょ? でも、遠足ではみんな好きな人と一緒に食べるのに、私には一緒にお弁当を食べてくれるお友達がいなかったからです。うんうん、とうなずく子もいる。 私はだから、さびしがりやの作曲家が好きです。今、弾いたのはドビュッシーという作曲家の「アラベスク」という曲です。言葉では何も言えなくても、音を通してならやさしい気持ちを伝えることができますね。 作曲家や俳優になっている人も、きいてみると、子供のころうまくお友達ができなくてさびしがりやだったという人が多いんでよ。きっと、沢山沢山言いたいことがたまってあとで出てきたんですね。今ここにいるお友達も、もしうまく自分の気持ちを伝えることができなかったら、絵を書いたり音楽をやったりしてみるといいかもしれませんね。ここでは、先生がうんうんとうなずく。 この授業は、みなさんが名人を探してくる授業ですよね。私が小さいころは、先生が探してきたんです。小学校4年生ぐらいのとき、学校の講堂で能楽教室がありました。人間国宝みたいなすごくえらい人が来てくれたんですよ。眼鏡をかけた太ったおじさんなんですが、お能の面をつけてきれいな衣装を着けて舞うと、全然雰囲気が変わってしまうんです。 そのとき、外国の踊りは曲線だが、日本の踊りは直線です、と言われたのが印象に残っています。 これから弾く曲も、曲線の曲です。ショパンのワルツ。3拍子の踊りです。日本の踊りは2拍子系なんですね。でも、外国の踊りは3拍子系が多いんです。何故かというと、お馬さん知っていますか? 走るときね、前足で1、2と踏んで、後ろ足は一緒にえいっと飛びます。(ここで、一緒に跳んでいる子供がいた)だから、3拍子。 ワルツは男の人と女の人がペアになって踊ります。1拍目でふんばり、2拍目で男の人が女の人をもちあげて、くるっとまわして、3拍目で着地します。円舞曲というように、円を描く踊なんですね。(ここでも、子供たちはくるくる手をまわしている。実に反応がいい) ワルツでよく知られているのは、ウィンナ・ワルツです。音楽の都ウイーンで生まれたワルツ。ヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」はきいたことがあるでしょう。ワルツのくさりという言葉があります。いろいろな主題が出てきて、それをネックレスみたいにつないでいくのです。(ここで、実例をあげながら「美しき青きドナウ」を弾いていった) 次に弾くショパンの『華麗なる大円舞曲』第1番も、この形で書かれています。この曲で一番難しいのは「れんだおん」のところです。同じ音をすごい速さで打つんですよ。ちょうど太鼓たいこみたいに。(ピアノの上でやってみせると、子供たちも真似する)これはね、「水きり」って知ってますか? 先生は「とても無理」という風に手をふるが、男の子が「知ってる!」と声をあげた。ね、平たい石を探して、川の上でぽんぽんとばすのね。「れんだおん」もそういうふうにして動きを伝えていくんだよ。 ワルツの6番は、有名な「小犬のワルツ」です。小犬がしっぽを追いかけてくるくるまわっている様子を描写したと言われています。さすがに「小犬のワルツ」で、弾き終わったとたん、わっという拍手が起こった。 しかし、一番すごかったのが、最後に弾いた14番遺作のワルツのあとの喝采。和音の連続で派手に終わる曲ではあるのだが、たぶんどの子もきいたことがない曲で、こんな風に、全く普通に盛り上がるのが面白かった。 普通のコンサートで、最後に向かって拍手が大きくなっていくのは、「お約束」というか、儀礼的なものも多分に含まれているように思うが、子供たちはそんな「お約束」とは無縁だからだ。これにはびっくり。 音楽は、言葉ではうまく言えない気持ちを伝えてくれます。みなさんも、さびしくな ったり悲しくなったりしたら、音楽を聴いてみて下さい。 質問は? ときくと、男の子がさっと手をあげた。 「どうしてお父さんとお母さんは、ピアニストになるって決めてたんですか?」 おおっ、鋭い質問。まだ学校にあがる前、歌の絵本を買ってもらったら、全部おぼえて全然間違えないで歌えたの。それで、この子はきっと耳がいいから専門家にしようと思ったらしいの。あんまり、童謡はうまく歌わない方がいいね。(ここで大笑い) 最後は、またクラス委員君が号令をかけて「起立」「礼」「ありがとうございました」で終ったのだが、先生がいいことを思いついた。 みんなね、今日はピアノがうしろを向いていて、中が見れなかったね。これからもう一度弾いてもらって、みんなでまわりをまわってみよう。ピアノの蓋があいているのは特別なんだよ。中がどんな風になっているか、どんな風に動いているか、見てみようね。ピアニストが弾いているところをぐるっとまわるのも特別なんだよ。面白いでしょう? それじゃ、「れんだおん」のすごい曲を弾こうね。こう言って1番のワルツを弾きはじめる。子供たちは前の列から順番にピアノのそばに来て、蓋の中をのぞきこんだり、鍵盤の上を走る指を見て「すげー」と声をあげたり。私も楽しくなってしまって、身体をゆすりながら思いっきり「れんだおん」を弾いてみせた。これは拍手喝采。「とくべつ」がきいたらしい。さすがに先生は、うまくツボをおさえている。 最後にもう一度あいさつして教室をあとにした。 次の日、ポストに嬉しいプレゼントがはいっていた。授業の一環として、子供たちに「ありがとうカード」を書かせ、それをまとめて文集にして下さったのだ。 表紙にはクレヨンで花や蜜蜂、雲やお日さまの絵。「ピアノ名人 ありがとうございました」と書かれている。「ありがとうカード」に絵を描いてくれた子もいる。ピアノや音符の絵、ときにはピアノを弾いている「私」らしき人の絵。 コメントは、「すごくきれいな音」「きれいな曲」「すっごく早く動く指」「目がまわりそう」「いっかいもまちがえないですごい」「わたしもきれいな音楽が弾けるようになりたい」「ピアノの中を見せてくれてありがとう」「おやつの前に1時間するなんてすごい」「友だちがいなくてちょっとかわいそうでした」「台風があったときいてびっくりした」などなど。 「もっともっとききたかった」というのも、あった。私も、もっともっと弾きたかったよー。 ありがとう!! |
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