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5月11日の日曜日、12時発のJAL便で名古屋空港に14:10到着。空港バスは3種類ぐらいあり、わかりにくい。新幹線の名古屋駅行きのバスは20分ほど待たないと来ないため、名鉄バスセンター行きの方に乗る。駅まで歩いて4分と書かれているから、何とかなるだろう。沖縄は28度、名古屋は一気に14度。肌寒く、おまけに小雨がふっている。一度夏を体験し、素足にサンダルをはいてしまうと、このあと戻りは辛い。売店で折り畳み傘とストッキングを買った。 25分ほど乗ってバスセンター着。渡り廊下を歩いて名古屋駅に行き、構内のセルフサービスのレストランで昼食をとる。学生食堂のような感じで、大・中・小のごはんにみそ汁、おしんこ、お数が選べるようになっている。ホタテのコロッケのようなものは注文をきいてから揚げるため、少し時間がかかるという。豚のしょうが焼の皿をとって電子レンジで温める。沖縄で御馳走つづきだったので、少しわびしかった。 朝日新聞の現・名古屋支社の星野君に電話した。3月まで東京の学芸部でクラシックのコンサートを担当していた人だ。帰りの新幹線の時刻について相談する。今回の件のことを話したら、名古屋発の夜遅い新幹線は通勤客で混みあうため、早めにチケットを取っておいた方がいいと言われたからだ。ラローチャの豊田市公演は少し変則的で、夕方5時に始まる。アンコールも入れてだいたい2時間のプログラムとして、終演は7時。名古屋駅に戻るのに正味1時間はかかるし、音楽会がのびたときのことも考えて、9時ごろの汽車を取れば安心ではないか──。そんな話だった。 みどりの窓口に行ってきくと、9時代の最初の方ののぞみはないとのこと、少し早いかなぁ、とも思ったが、8時47分発のぞみを取る。それにしても、依頼で批評を書くのに、どうして自分でチケットを買わなければならないのだろう、と、ちょっと情けなくなった。勿論、当該交通費はあとで振り込まれるのだが。豊田市への行き方にしても、自分でインターネットで調べたのである。 それだけでは複雑すぎてわからず、結局名古屋の星野君に問い合わせた。これがコンサートや講演なら、飛行機や新幹線のチケットは郵送されてくる。名古屋駅にも出迎えがあるだろう。やっぱり音楽は演奏してナンボなのだ、と実感した次第。 地下鉄東山線に乗って1駅目の伏見駅で降り、そこから鶴舞線に乗り換えて豊田市まで一本。ホールは駅の前にある。口で言うだけならそんなに難しそうではないのだが、方向音痴の私は、東山線というのがわからなくて別の線のホームに降りてしまい、電車が来てから気づき、あたふたと階段をかけ上ったり、鶴舞線でも、来た電車に乗ろうとしたら、ホームで待っていた女性に、これは豊田には行きませんよ、と注意されたり。 その女性もラローチャのコンサートに行くらしく、道中ずっと話していたので、乗っている時間も意外に短く感じられた。ものすごいコンサート・ゴアーのようで、いろいろなアーチストの名前を出して話して下さるのだが、こちらは、名前は勿論聞いたことがあるが、演奏は聴いたことがない人ばかり。それも、たった一回聴くだけではなく、「若林顕さんの室内楽を聴いたらとてもよかったので、今度は協奏曲を聴きに行く。ソロも是非聴いてみたい」とか、とても建設的な聴きかたをなさっている。ラローチャの批評を書くのに、あわててCDやらインタビューやらを取り寄せてにわか勉強する私に比べて、いったいどちらが専門家だろうと思ったら、さらに情けなくなった。 とても勉強家で、図書館で借りてきたんです、とおっしゃって、コルトー『フランスピアノ音楽史』(安川貞男・加寿子訳)を出してみせる。安川加寿子先生の愛読書で、どうしても翻訳して日本の読者に読ませたいが、日本語がおぼつかない、ご主人の貞男先生は国文学者でフランス語がおぼつかない、お二人で共同で翻訳なさった労作である。思わず、「これ、私のお師匠さんが翻訳なさったんですよ」と口走ってしまった。「えっ、安川先生のお弟子さんなんですか」と言った女性は、「以前、青柳いづみこさんの『羽根のはえた指』(正確には翼)という本を読みましたよ」とおっしゃるので、これまた思わず、「それ、私です」と言ってしまった。そしたらその女性、「やだぁ」と私の肩を叩いて、「だって、全然写真と違うじゃないですか」。そうなんです、プロフィールに使った写真は、メイクさんが2時間かけてメイクして、カメラさんが半日かけて、ライトをたっぷり当てて撮ってくれたんだから、目の前の沖縄帰りのオバサンとは似ても似つかないのが当たり前。仕方ないや。飯島直子だって、スッピンだったら誰も気づかないというし。 そんなこんなで16:30に豊田市着。鶴舞線は途中から名鉄に乗り入れているため、切符の清算が必要なのだが、窓口は長蛇の列。みんなラローチャに行く人だろう。その後も、駅前にあるはずの、コンサートホールがはいっているビルがわからずに右往左往した挙げ句、受付に到着。ここで、朝日の星野君や東京本社から来た上坂さんに会い、ようやく人心地がついた。 ラローチャの演奏の内容については、批評や岩波「図書」に書いたので略。真っ白になった頭に黒い一色の衣装であらわれ、ゆっくりゆっくりステージを歩いてきたときは、正直いって、弾けるんだろうか、と心配になったほど。前半はオール・ショパンで、ソプラノと内声が雄弁な対話をかわし、光と影が見事に演出されている『ノクターン作品32−1』には本当に感激した。『舟歌』や『子守唄』のあとは拍手が沸き起こったが、立つのもめんどいという感じでそのまま次の曲を弾く。『幻想ポロネーズ』の和音の連続や、3度や4度で上行する重音のスケールなどかなり苦しそう。握力も弱っているし、手も開きにくくなっているようだが、自分の現在の手の状態をよく知った上で、大きな破綻を起こさずに演奏をまとめていく姿は、まさにメチエの鬼! 後半のアルベニスやファリャは腕の上下動を使って弾けるし、手の交叉や交替、左右の跳躍を支える背筋は全く衰えていないようで、よりラローチャらしい演奏になった。フリャの『ベティカ幻想曲』など、CDでは細かい音のひとつひとつがくっきり聴こえるが、このときの演奏では、タッチを流してペダルで混ぜ合わせ、とてもきれいな響きをつくっていた。 アンコールでひとつハプニング。会場で発表された曲目は、モンポウの『シークレット』、グラナドスの『12のスペイン舞曲』から「アンダルーサ」、アルベニスの「タンゴ」。しかし、星野君が、「最後の曲はタンゴではなかった、ラローチャのコールがグラナドスと聞こえた」と言い出した。マネージャーに確認したところ、やはり発表の間違いで、グラナドス『12のスペイン舞曲』の6曲目「ホタ」だったことが判明した。あぶない、あぶない。私にも同じ経験があり、ある批評で「4曲目のアンコール曲は・・」 と書かれたことがあるが、実際にはアンコールは3曲しか弾いていなかった。 また延々1時間地下鉄に乗って、伏見で乗り換え、ようやく名古屋駅へ。同行の上坂さんも同じ8:47のチケットを取り、星野君と別れてホームに行った。それにしてもお腹がすいた。これが書評委員会なら豪華なお弁当が出るのに・・・と思いながらコンコース内の売店で中華弁当を買う。ビールとつまみは上坂さんが買ってくれた。汽車を待ちながらいろいろな話をしているうちに、隣のホームからすべるようにのぞみ号がていく。あれっ、変だな? と振り向いたときはもう遅い。時計を見ると8:47。要すると、待つべきホームを間違えたのであった。話に夢中になっていて全然気づかなかった。のぞみ号を乗りすごした場合、払い戻しはできず、ひかり号の自由席に限って乗車できる。次のひかり号は8:57。東京には30分遅く着くことになるが、仕方ない。ビジネス客が一斉に東京に帰る時間帯なので、問題は自由席があいているかどうかだったが、上坂さんが何とか2つつづきの席を見つけてくれた。 深夜になって自宅に戻ってみると、翌日の別府アルゲリッチ音楽祭、アルゲリッチがようやく出演するという留守電がはいっていた。 12日は夕方までラローチャの批評を執筆。上坂さんからバイク便でインタビューなどの資料を送ってきたが、これが面白かった。ラローチャはどうやら二重人格らしい。インタビュアーの濱田慈郎さんが、「あなたの演奏を聴いていると、穏やかで慈しみ深い人柄が忍ばれるようですが」と質問すると、ラローチャは笑って、「それは聴きかたによるのよ。私は双子座だから、やさしいものと激しいものが戦っているの」と答えているのだ。 ラローチャに師事した人たちの対談も載っている。とても厳しい先生で、ものの一小節と弾かないうちに生徒のピアノを止め、自分で弾きはじめてしまう。青山三郎さんが、ラローチャを「ホウキおばさん」と名付けたという話には笑ってしまった。JMLセミナーの元受講生、昨年スペイン音楽でCDデビューしたピアニスト、下山静香さんによれば、ラローチャは自分にも厳しく、自分で弾いてうまくいかないと、舌打ちして練習をはじめてしまうのだという。スタジオのピアノはあまり調整がよくなく、タッチにむらがあるのだが、ラローチャは何回か練習するうちにその癖をつかみ、最後は見事に弾きこなしてみせる。音響に異常なほど敏感で、少しでも汚い音、叩いた音がすると金切り声(自分の声には敏感ではないのだろうか?)をあげる。バスを響かせてと師事するが、そのためにソプラノが消えてしまうとまた大変で、どなりはじめる。演奏から受けるイメージとずいぶん違うが、双子座たる所以だろう。 5時にメールで朝日に送り、すぐにサントリー・ホールに向かう。アルゲリッチ音楽祭の最終日。ようやくアルゲリッチがやってくる「室内楽演奏会」。 サントリーは、以前は地下鉄丸の内線の国会議事堂前からずいぶん歩いたりして行くのが面倒だったが、四谷からタクシーを使えば早いことがわかってからは、気軽に行けるようになった。その後地下鉄南北線が開通し、溜池山王駅から歩けば経済的だが、何故か行くときはタクシーを使う。何度行っているかわからないのに、毎回家を出るのがぎりぎりになる。判で押したように、乗るのが18:30の電車。四谷まで快速で15分。しかも、阿佐ヶ谷駅で荻窪寄りに乗るのを忘れるから、狭いホームを全力で走らなければならない。つくづく学習しない人間。実験用のマウスでも私よりはマシなのではないか。 階段をかけのぼって地下鉄の改札口、 さらにもうひとつかけのぼって駅の外に出てタクシーに飛び乗る。赤坂のアークヒルズと伝えてから、「すみません、急いでます」とつけ加える。運ちゃんは超特急でとばしてくれる。たいてい、赤坂で曲がるか溜池まで行くか、ときかれる。これがケースバイケースで、距離的には赤坂の方が近いが、道が細いのでいつもつかえている。信号も多い。それよりは、溜池まで行ってしまった方が早いことが多い。混み具合によっては19:00ぎりぎりになる。全日空ホテルの隣、地下の駐車場からはいるのだが、運ちゃんによっては広場に行くエレベーターを知らず、ぐるぐるまわったりする。エレベーターを駆けのぼっても、広場をつっきってホール入り口にたどりつくには、またひとっ走りしなければならないのだ。 そうやって息せき切ってかけつけてみると、入り口付近に人が溜まっている。きけば、18:30予定の開場が遅れているのだという。呼吸を鎮めながら待っている間に、「すばる」の編集長に会った。演奏会の模様は、レポートを書いたので省略。 終演後、懇親会が開かれる全日空ホテルの地下へ。別府でも会った事務局の長の女性が、入り口で出迎えている。アルゲリッチもここに泊まっているのですか、ときいたら、閉ざされた部屋が駄目なので、となりのニューオータニの一番上の部屋を借りている。いったんピアノに向かってしまえばあんなにすばらしい演奏をするのに、袖ではなかなか出て行こうとしないので、伊藤京子さんがお尻をぽーんと押してあげるとか。やはり誰かに後押ししてもらわないと舞台に出ていかれなかった越路吹雪さんの話を思い出した。 |
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