トップページ| プロフィール | 今年の活動 | 新刊新譜コンサートCD書籍書評、CD評 |
執筆&インタビュー日記 | E-メール



青柳いづみこのメルド日記


 2003年5月22日/アルゲリッチ−沖縄−ラローチャ[ I ]

 何だか変なタイトルだけど、要するに近況報告。
 5月3日、別府アルゲリッチ音楽祭に、肝心の総監督アルゲリッチがあらわれなかったことは、前回記した。5日の「オーケストラ演奏会」もキャンセルだったのだが、「すばる」で取材レポートを書く約束をとりつけていたので、主のいない音楽祭に出かけて行った。助手兼カメラの加茂由美子さんと一緒。

 9時40分発のJALに乗って大分空港へ。そこから空港バスで別府北浜着。すぐに竹瓦温泉に向かった。瓦屋根のひなびた建物で、砂風呂が名物とか。受け付けのお姉ちゃんに「砂風呂」と言ったら、1時間半待ちです、と言われる。チケットを買って斜め前の竹カフェに。80歳ぐらいののおばぁちゃんがお客さん相手に世話話をしている。いつかここにべっぴんさんが来たんだよ。八頭身でね、プリマドンナみたいな人。そしたら、男の人たちがみんな夢中になっちゃって。別のおばさんが、やっぱりトクだよねぇ・・・というような話。カウンターの向こうで料理をつくっているのは、きれいな若おかみ。
 お昼どきだったので、名物のだんご汁セットを頼む。白みそ仕立てのスープに、ほうとうとすいとんの間の子のような太い麺がはいっていて、甘く煮たしいたけ、にんじん、かぶ、さといもなど野菜も豊富。セットだから、他にご飯とおつけもの、おかずがつく。おつけものはだいこん、かぶ、白菜、にんじんで、とてもいい味につかって入る。おかずは、紅じゃけ、ごぼうの炒めものなど数種類。これで700円だから、とってもお徳感あり。

 店の隅では、椅子に座ったお客さんが首と肩のマッサージを受けていた。連日の原稿書きで肩こりのひどい私は、思わず頼みたくなったが、予約がいっぱいとのこと。それもそのはずで、20分1000円ととても安い。
 ゆるゆる待って、また温泉の建物に戻り、番号を呼ばれて砂風呂にはいる。前に行った白子温泉の砂風呂は浴衣を貸してくれるが、ここはタオル一枚を巻くだけ。白い小さな枕のところにあおむけに寝ると、上から湿った暑い砂がどさっとかけられる。すごく重くて、ちょっとショック。頭を上げるように言われ、首と肩の下も砂で埋められる。少したつと、心臓がドクドク打ちはじめ、手足に血がめぐっていくのがよくわかる。左肩が凝っていたのだが、そこの部分がとりわけジンジンする。次第に顔に汗が染み出してきた。制限時間の10分がたつと砂から出て、タオルを水槽で洗い、身体の砂を落とす。最後に湯船に浸かって終わり。なんだか、左肩がすっと軽くなった感じだ。

 駅前通りを歩いて、今夜宿泊する亀の井ホテルに向かう。駅から10分ほどの便利な場所だ。これから聴きに行く別府アルゲリッチ音楽祭では、VIPたちは杉乃井ホテルという、アミューズメントパークもついている豪華ホテルに泊まるが、芸大の学生オーケストラはこのホテル。団員の中に副科ピアノの教え子がいるので、もしかして話が聞けるかと思い、ここに泊まることにした。
 ツインのルーム・チャージが一万円ちょっとなのだが、最上階のとても見晴らしのいい部屋で、応接セットも備えつけられていて感激する。大きな露天風呂、サウナもある。

 音楽祭の「オーケストラ演奏会」が始まるのは7時からなので、それまでの間、タクシーで明礬温泉保養センターに行った。ここの名物は泥風呂。 スロープを降りていくと、白泥した湯が板で仕切られている。湯はかなりぬるいが、隅がぼこぼこいっていて、そこから熱湯が吹き出してくる。肌がつるつるになる湯ということだが、底はぬるぬる しているし、手で泥をすくうといろいろなものがひっかかってきて、少し気味が悪い。 冗談抜きに、白骨が上がってきてもびっくりしなかったろう。露天風呂もあるのだが、男風呂から丸見えで行くことができない。ミストサウナもあるのだが、間が悪いと通路で男性に行きあう。行きあうだけではなく、涼むふりをしてわざと入り口で立ち止まっている人もいるみたい。女性陣は、みんなで情報を送り合って防御していた。

 硫黄の匂いが染みついてしまったので、タクシーでいったんホテルに戻る。運転者に別府アルゲリッチ音楽祭のことを話したら、堰を切ったようにしゃべりはじめた。この音楽祭は、もともと別府市の主催でビーコンプラザで始まったのだが、去年から県が介入してきたという。たしかに、去年は一部の公演は大分のグランシアタで行っていた。別府市民としてはそれからして面白くなかったのに、今年は9日から12日まで東京でも公演を行うというので、「ムカツイテ」いるという。別府にはアルゲリッチが来ない。東京には来るというのでは、踏んだり蹴ったりではないか──。どうも、別府と大分はあんまり仲がよくないらしい。

 ホテルでシャワーを浴び、会場のビーコンプラザに向かう。入り口で、「お詫びとお知らせ(入場券半券保管のお願い)」というパンフレットを渡された。 「アルゲリッチ総監督は、先月下旬より体調不良に陥り、出演が不可能となりました。12日の東京公演のあと、大分にて再び公演を行い、皆様のご期待に報いることを強く希望しておられます」と書いてある。 「おられます」ったって、一応音楽祭側の人だろう。再公演の場合は3日と5日の半券をもって招待券とするので、なくさいでとっておいてほしい、という内容である。
 スタッフの人は、「大切なお知らせですから、必ずお読み下さい」と言いながら渡している。事情を知っているのでそのまま袋に入れようとしたら、「しまわないでちゃんと読んで下さい」と叱られてしまった。

 アルゲリッチの代役として招聘されたのは、ブリュッセル音楽院の先生をしているエフゲニー・モギレフスキーとその息子アレクサンダー。今年の音楽祭は呪われていて、まずフーツォンがサーズさわぎで来日不能(コンサートのために北京に二週間滞在するため、音楽祭側が出演を断ったという)、エフゲニーが公開講座、アレクサンダーがリサイタルの代行で招聘され、3日の「室内楽演奏会」では二人でストラヴィンスキーの『春の祭典』を弾いて喝采を浴びたのだが、その夜になってアルゲリッチが5日も来られないことが判明、急遽ベートーウェンの『ヴァイオリンとチェロとピアノのための三重協奏曲』も弾くはめになった。以前に学生オケと弾いたことはあるとはいえ、ほとんどぶっつけ本番。楽譜を取り寄せ、父親のエフゲニーがつきっきりで譜めくりをしながら明け方まで練習して、本番に臨んだという。

 演奏会のレポートは「すばる」に書くので、以下は省略。
 終演後、オケの教え子に会いに舞台袖に行ったら、記念品の贈呈式と反省会をやっていた。芸大オケは、プログラムの最初は固かったが、後半のベルリオーズ『幻想交響曲』では見違えるような生き生きした演奏をしてくれたのだ。これはあとできいた話だが、金聖響という大阪生まれの韓国の指揮者、学生たちとあまり年が違わないので、同じ目線で音楽をやるところが共感を呼んだらしい。懇親会で話をきいたら、最初は優等生でどうしようもなかったが、一度裸にして踏みつけにしてやったら、だんだん目の色が変わってきた、最後は子供たちがやりたい音楽に出口をつけてやるだけで充分だった、と言っていた。ただし、各セクションのトップを弾いている一部の教官の反撥を買った由。

 6日は、ホテルをチェックアウトしたあと、海辺の「シーサイド美松」というホテルに行き、温泉にはいって昼食を食べた。あいにく曇りの日だったが、別府湾を一望できるひのきの露天風呂は気持ちがよかったし、食事もとても美味しかった。この日は東京に帰る。
 帰ってみたら、「レコード芸術」のインタビュー原稿がメールで届いていた。ドビュッシーのCD10枚に関する感想だ。現在400字詰めで11枚あるものを8枚に減らす必要があるという。7日の午前中はこの作業にかかりきりだった。

 9日からは、朝日の書評委員会のOB会(私は現役だけれど)で2泊3日の沖縄旅行に行くことにしていた。しかし、アルゲリッチ音楽祭との関係が微妙だ。旅行の日程表もらったときは、5日の「オーケストラ演奏会」は別府で聴くから、9日、10日の東京公演は行かなくてもよいだろうと思っていた。ところが、アルゲリッチが別府をキャンセルしてしまったため、「すばる」に書く材料が集まらない。もしアルゲリッチが東京に来るなら、こちらも沖縄をキャンセルして行かなければならない。
 その上に、朝日の学芸部から頼まれたラローチャの引退公演の批評の問題もあった。今年80歳になるスペインの名ピアニスト、ラローチャは大阪を皮切りに、11日豊田市でリサイタル、16、17日は東京で協奏曲、21日はサントリーでリサイタル、26日に横浜でリサイタル、31日は沖縄・・・とスケジュールが組まれている。普通は東京公演の批評を書くものだが、今回は引退公演なので、なるべく早く情報を読者に知らせたい、ついては、11日の豊田市に行ってもらいたい、と記者さんが言う。

 沖縄旅行の日程では、その日は市内でみやげ物を買い、早めの昼食をとって13時50分発の飛行機に乗ることになっていた。豊田市は、名古屋駅から地下鉄を乗り継いで1時間ぐらいのところ。コンサートは夕方5時という妙な時間にはじまる。時刻表を調べてみると、東京に戻ってから名古屋に行くのでは間に合わないことがわかった。それでは、直接那覇から名古屋に飛んだらどうか。西村京太郎ミステリーの愛読者である私は、こういう作業が大好きだ。
 那覇を12時発の飛行機に乗れば、14時すぎに名古屋空港に着く。そこから空港バスに30分乗って名古屋駅着。さらに地下鉄で豊田市に向かえば充分間に合うだろう。しかし、泡盛頭とラフテー腹で、はたして批評を書くような聴き方ができるのだろうか。
 せめて準備だけでもしておこうと、ラローチャが曲目に入れているアルベニスとファリャの楽譜とCDを取り寄せた。音を聴きながら、楽譜に目を通し、解説書も読む。ファンダンゴとかホタとかコプラとか、意味をよく把握していない単語が出でくるので、せっせと辞書をひく。

 そうこうしているうちに、 アルゲリッチが9日と10日の公演もキャンセルするとの 情報がはいってきたので、急遽沖縄旅行の準備もはじめた。
 案内係の与那原恵さんがつくって下さった旅行の手引きには、グスクツァーもあるので、歩きやすい靴がいいと書いてある。沖縄の5月はもう夏だから、半袖か袖なし。南国だから、思い切った花柄にしよう。冷房がきいていることもあるだろうから、上着やセーターの用意もいる。昼間の観光はズボンがいいな。きっと食べ過ぎでお腹が出っぱってしまうから、ヒップハンガーのものがいい。夕食のあとは夜のオプショナルツァーも計画されているらしいから、ロングスカートなども入れておこう。そのときは靴もミュールにして、でも、あんまり重いと嫌だし・・・などと考えはじめるときりがない。紫外線も強いだろうから、強力な日焼け止めを買いに行く。サングラスも2種類用意し、帽子も入れる。その上に、ラローチャ関係の資料も持っていかなければならないので、荷物がとんでもなく重たくなった。
(つづく)


MELDE日記・目次
2003年5月3日/無駄に明るい五月晴れ
2003年4月5日/スタンウェイかベーゼンか、それが問題だ。
2003年2月12日/指輪
2003年1月13日/肩書き
・2002年12月23日/ 年の瀬のてんてこまい
2002年12月9日/批評とメモ
・2002年11月6日/アンリ・バルダのリサイタル
・2002年10月21日/なかなか根づかないクラシック音楽
・2002年9月26日/青山のブティック初体験
・2002年9月3日/鹿鳴館時代のピアノ
・2002年7月19日/竹島悠紀子さんのこと。
・2002年6月13日/ 生・赤川次郎を見た!
・2002年5月6日/海辺の宿
2002年3月28日/新人演奏会
2002年3月1日/イタリア旅行

2002年2月5日/25人のファム・ファタルたち

・2002年1月8日/新・阿佐ヶ谷会
・2001年11月18日/ステージ衣装
・2001年10月26日/女の水、男の水
・2001年9月18日/新著を手にして
・2001年8月/ホームページ立ち上げに向けて


トップページ| プロフィール | 今年の活動 | 新刊新譜コンサートCD書籍書評、CD評 |
執筆&インタビュー日記 | E-メール

Copyright(c) 2001-2005 WAKE UP CALL
fountain@ondine-i.net