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| 2003年5月3日/無駄に明るい五月晴れ 今日5月3日は、本当にメルド! な日。 このところの私は、本当に忙しかった。レコーディング前に凍結していた締め切り禍に連休進行が重なり・・・。朝日の書評はボードレールの869ページの評伝。普段はベッドに寝ころんで、ポイントにフセンを貼りながら読むことにしているのだが、仰向けで本を持ったら、重いこと、重いこと。すぐに腕が疲れてしまった。フランスらしい実証主義の本で、芸術理論や思想には踏み込まず、中学のときの成績表とか、詩の原稿料とか本の印税とか、借金の一覧表とか。頽廃のきわみという人生を送った19世紀のカリスマが、少しだけ身近に感じられる。ご多分に漏れずマザコンで、といってもええ格好しいではなく、お母ちゃまに相手に露悪的に堕落を強調してみせるあたりが、かわいい。といっても、何しろ対象が専門外なので、これまでに書かれた評伝をひとわたり読み返すのがひと苦労だった。これが、16日締め切り。 19日締め切りは「ムジカノーヴァ」の連載。20締め切りは「文学界」の書評。編集長は、2月号に掲載された小説の担当さんで、4月からめでたく編集長になられた。それはいいんだが、とても深く原稿を読み込む方だけに、雑多な編集業務が重くのしかかってくる様子。これは、朝日で書評が出なかったピエール・ルイスの評伝(沓掛良彦著)をとりあげることにした。 ピエール・ルイスは『ビリティスの歌』や『アフロディット』を書いた詩人。ドビュッシーの親友で、ジイドの高等中学時代の友人でもあり、『ひと粒の麦もし死なずば』にも美少年として登場する。ヴァレリーを見いだしてジイドにひきあわせたり、マラルメに合わせたり、世紀末のコーディネーターとしても名高い。初の評伝とのことで、背景になっていることも知りたくて、引用されている原書をフランス文学者の清水徹先生から送っていただり、ドミニク・ボナ『黒い瞳のエロス』を読み直したりして、結構手間がかかった。そもそも、対象自体も482ページにわたる大著。重い本ばかりだなぁ。 23日は、総合社の斉藤さんの紹介で、ニコール・キッドマンがアカデミー賞主演女優賞を取った「めぐりあう女たち」のプレミア試写会なるものに行ってきた。同行をお願いしたのは、フランス文学者でマラルメ、ヴァレリー研究の田中淳一先生。新宿のパークハイアット・ホテルの宴会場に映写機を持ち込んだ豪華な上映。ヴァージニア・ウルフを演じたキッドマンより、ホモでエイズに苦しむ元恋人を看病するレズビアン(何のこっちゃ・・・)の編集者を演じたメリル・ストリープの方がよかった。目の下のしわがなんとも言えないいい味を出している。はねたあとは、簡単なカクテル・パーティがあったが、途中で抜けて新宿の飲み屋で八海山を飲んだ。 25日締め切りは新日フィルのプログラム解説で、ワーグナーの『タンホイザー』から「序曲」と「ヴェーヌスベルクの音楽」、『トリスタンとイゾルデ』から「序曲」と「愛の死」、『パルジファル』から「序曲」と「第一幕の場面転換の音楽」、「聖金曜日の音楽」など。今回はコンサート形式ではなく、純粋にオーケストラ演奏会なのだ。他の二作品はよいが、『パルジファル』 はカットの仕方が通例と違っているようなので、送ってもらった抜粋スコアを見ながら手持ちのCDを聴き、台本をたどっていたら、目も頭もじんじんしてきた。 書いていて思い出したのが、ボードレールが世紀末のワーグナーブームをつくるもとになった1860年のワーグナー・コンサート。このときは合唱がはいっていたのかもしれないが、とにかく『タンホイザー』や『トリスタン』の序曲などオーケストラ曲が中心で、それまでワーグナー音楽に接したことがなかったボードレールはすっかりいかれちまったらしい。その聴きかたが、ワーグナーのめざした「オペラとドラマの融合」などという難しい議論ではなく、純粋に生理的だったのが面白い。 26日は5時起きで大阪に飛び、一日中レッスン。次の日は新潟にまわり、中学時代からの親友の家に滞在した。新潟大学の中国文学の先生で、子供同士がおない年。大学受験も無事すみ、お互いにご苦労さまといったところ。海岸を散歩したり、料理自慢のご主人の手料理をふるまわれたり、久し振りにほっとする時間だった。ちなみに、彼女の家のすぐそばの道路は、横田めぐみさんが拉致されたと言われる場所。拉致問題は、新潟では文字通り人ごとではないらしい。 東京に帰る日、ふと思いついて予定をのばして、以前にサロン・コンサートで弾かせていただいた柿崎(蓮池薫さんの柏崎の隣駅)の佐藤実さんのお宅に伺った。私の祖父が会場を提供していた阿佐ヶ谷会には、佐藤さんの叔父さんに当たる作家の小田嶽夫さんもいらしていて、祖父の評伝を書くときも、いろいろとお話を伺った。83歳にならるのが、すこぶるお元気で、博覧強記ぶりは驚嘆すべきもの。何かのお話に常に詩とか和歌が出てきて、それを全部暗誦して下さる。クラシックにも造詣が深く、昨年はふと思い立って、手持ちのバッハのCDを朝晩一枚ずつ聴いていたら、一年間かかったとか。今年はモーツァルトに挑戦していらっしゃるそうだ。 奥様はおみ足がご不自由なのにご自宅に泊めていただいて、手厚くもてなして下さり、恐縮してしまった。 東京に戻ってくると、30日締め切りが芸文学会の20枚の原稿。昨年慶応のシンポジウム「文学と音楽」で話した内容をまとめるのだが、私は講演のかわりにピアノを弾いたので、ほとんど新たに書きおろす必要がある。実は、締め切りは2月末日だったのだが、レコーディングの準備があり、のばしてもらっていた。論文集は6月刊行だから、4月末日までにはどうしても送らなければならない。勿論、それまでにほとんど原稿を打ち込んではいたのだが、ブラッシュ・アップがあり、水曜日恒例の朝日の書評委員会に行けるかどうかもわからないほど切迫していた。 テーマは「ラヴェルとレーモン・ルーセル」で、フランス近代の大作曲家と、ダダイストやシュールレアリストたちに崇拝された特異な作家ルーセルが、同時期にパリ音楽院のピアノ科に在籍していたところに目をつけたのである。年齢は二歳違い、同じ時期にパリで生活していたのに、何故か全然接点がないらしいのだが、二人とも華奢で優雅なダンディで、たぶん男色者で、王侯のように慇懃で、ママを熱愛していて、子供時代の思い出をひきずっていて、作風が厳密で機械的・・・と、妙にリンクするところが多い。 やっとメールで送ったのが30日午後5時半。あわてて書評委員会にかけつけたが、頭がぼーっとして、少しも頭にはいらない。サカキバラセイトを主人公にした小説とか、チェルニーの自叙伝(!)とか、またまたいかがわしいものが当たってしまった。この日は、委員会のあと、阿佐ヶ谷在住の経済学者松原隆一郎さんとご一緒して、中杉通りのおソバ屋さんに連れて行っていただいた。私は3歳半から阿佐ヶ谷に住んでいるのに、出無精で全然お店を知らない。松原さんの「阿佐ヶ谷学」を感嘆してきくばかりだった。ちなみに、ソバがきをオリーブ油+岩塩につけて食べるのは、とっても美味しいです。 5月1日は、「レコード芸術」の取材。演奏家の立場から、ある特定の作品のいろいろなCDを聴き、比較したり論評を加えたり総括したりするというもの。できたら、ドビュッシーでお願いしたい、と編集者はのたまう。でも、私は唯我独尊で、全然他人のCD聴かない人なんだよね。たとえば、『映像』ならミケランジェリとか、『子供の領分』はフランソワとか、『喜びの島』は妙にハイドシェックとか、小品はクロスリーがいい、とか、そういうのダメ? ときくと、あくまでもひとつの作品で・・・とのこと。 ドビュッシーはひとつひとつが短いから、まさか『月の光』1曲というわけにもいかず、『前奏曲集第一巻』いきましょうということになった。というわけで、コルトー、ギーゼキング、アラウ、フランソワ、ポリーニ、ミケランジェリ、ベロフ、クロスリー、モニック・アース、ジャック・フェブリエと10枚を送ってもらい、原稿書きの合間 に聴くことにした。・・・と書くのは簡単だけれど、聴いている間にコメントをメモしなければならないので、結局、原稿は少しもはかどらなかった。しかも、『前奏曲集』は全部聴くのに40分以上かかる。ということは、全部で7時間! 阿佐ヶ谷の喫茶店で編集者に会うのが1日の午後3時。それまでに3枚は聴いていたので、残り7枚。朝の9時から聴きはじめて、途中で前のをもう一度聴き返したりして比較するうちにどんどん時間がなくなり、最後は青息吐息だった。出る前に、ちょっとだけ自分のCDを聴いてみた。よかったです、やっぱり。 2日は、芸文学会に送った原稿をのばす作業にかかりきりだった。ルーセルやラヴェルの本を積み上げて、楽譜も積み上げて、あっちを見たりこっちを読んだり。こちらは、某出版社と話をしている「作曲家=作家コレスポンダンス論」に入れるため。連休明けに一度見せる約束だったので、40枚まで書いたところで時間切れ、郵便局に行って他の雑誌原稿とともに送った。帰りに行きつけの鍼灸医院に寄り、鍼とマッサージの治療。「どうしたんですか、首と肩と頭がコリコリですよ・・・」と言われる。短い間に、それぞれてんでばらばらな仕事をしすぎだよな。いつものことだけれど。 帰ってみたら、アスペンの広報さんから留守電。実は、3日から5日までアルゲリッチ音楽祭の取材で別府に飛ぶことにしていたのだが、少なくとも3日の室内楽演奏会に間に合うような飛行機には乗っていないとのこと、 すなわち、アルゲリッチ名物のキャンセル! ガーン。 折角、別府の高級ホテルに泊まり、音楽祭と温泉を楽しんで疲れをとろうと思っていたのにぃ。 そんなわけで、とってもメルドな、無駄に明るい五月晴れの日です。 |
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