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青柳いづみこのメルド日記

2002年1月8日/新・阿佐ヶ谷会

 新年一月四日、東京は杉並区の自宅で新・阿佐ヶ谷会というのを開いた。
 もともと阿佐ヶ谷会は、井伏鱒二を中心とした東京の中央線沿線の貧乏文士たちが、今も私が住んでいる亡祖父青柳瑞穂の家につどった飲み会である。戦前は、奥の六畳の書斎に、井伏や上林暁、木山捷平、外村繁、太宰治、亀井勝一郎らの文士たちがやってきて、将棋をさし、酒をくみかわすだけだったが、戦後は参加者も多くなったので、玄関に面した六畳と八畳のふすまをとりはらって使うようになった。文芸評論家の河盛好蔵も戦後の出席者の一人である。

 フランス文学者だった祖父は骨董収集でも少しは名を知られ、あちこちの古道具屋で買ってきた皿小鉢類を提供するので、すこぶる評判がよかった。私が子供だった昭和三十年代のはじめには、「みち草」や「龍」など文士たちの行きつけの飲み屋のおかみも手伝いに来て、ほぼ月に一回のペースで開かれていた時期がある。しかし、昭和四十六年に祖父が亡くなってからは、会場を失い、自然消滅の形となった。

 祖父が亡くなって三十余年、一昨年に上梓した拙著『青柳瑞穂の生涯』(新潮社)がきっかけになって、少しずつ、阿佐ヶ谷文士ファンが名乗りをあげだした。それも、三十代後半から四十代前半にかけての、若い世代が多い。古本屋巡りの著書ですでに著名な岡崎武志さんは木山捷平、白水社の若手編集者小山英俊さんは梅崎春生、杉並界隈の文化人探訪をつづける萩原茂さんは上林暁ファンと、それぞれのテリトリーもしっかりしている。親分格は文芸評論家の川本三郎さんで、中央線沿線の文士に関する著作もある。

 昨年11月、「水の音楽」のリサイタルの打ち上げの席で、たまたまこうした関係の方々が一同に会した。その場で活発な意見交換が行われたらしく、是非一度、当時の阿佐ヶ谷会の会場で集まろう、という運びになった。幹事役は、上林暁の全作品を、ただ一冊残して収集していらっしゃるという新潮社の八尾久男さん。
 以上の各氏に、作今映画評論でサントリー学芸賞を受賞されたフランス文学者の野崎歓さん、筑摩書房の編集者で上林暁全集を出された山本さん、装丁家の間村俊一さんをまじえて、総勢九人が集まった。八畳の部屋には私のステージ衣装がところせましと並べられているので、とてもあけることはできなかったが、玄関先の六畳だけをようやく片づけて身を寄せあい、それぞれ持ち寄りの肴に、一本のシャンパン、おおよそ四升の日本酒と一升の焼酎を空けて、大いに飲みかつ食い、さわいだ。

 話題は阿佐ヶ谷文士の話にとどまらず、古書収集、フランス文学、音楽、美術、映画にまで及ぶ。観た映画のプログラムをすべて収集していらっしゃるという川本さんはじめ、博覧強記の方々ばかりなので、あちこちでとんでもないクロス・オーバーが起こり、「君、どうしてそこまで知っているんだ!」という感嘆の声があがる。本物の阿佐ヶ谷会よりさわがしかったんじゃないかと思うほどだ。
 会が盛り上がったところで、岡崎さんが色紙をとり、得意の筆書きでそれぞれの似顔絵をスケッチした。これがまた、瞬時に特徴をとらえて、とてもよく似ている。私は、実物より少し美人に描いていただいてごきげんだった。そういえば、阿佐ヶ谷会の面々が名前を書きつけて焼いた茶碗があったっけ。

 往年の阿佐ヶ谷会のメンバーは井伏鱒二の周辺の私小説作家が中心で、河盛好蔵や祖父のようなフランス文学者は異色の存在だったが、新・阿佐ヶ谷会にはいろいろなジャンルの方々がいる。今の日本は少し各分野がセクト化しすぎているので、なるべく越境する集まりにしていきたいと思う。


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