【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第4回 井上二葉」(音遊人 2013年9月号)

井上二葉が毎年浜離宮朝日ホールで開いているリサイタルを聴いた。

昭和五(一九三〇年)シドニー生まれ(父は外交官だった人)で、芸大の前身の東京音楽学校出身だから、もう八十歳を超えているはず。しかし、彼女ほど年齢を重ねるごとに熟成度を増しているピアニストも、日本では珍しいのではないだろうか。

浜離宮では、いつもべーゼンドルファーを弾く。調律は名手、斉藤勉。以前はこころもち乾いた印象があったが、この夜はなんとしっとりとたおやかに鳴り響いたことか。

ひとつひとつの音が露を含んでいるようで、しかもクリアで心地よい。前半は一階席の後方、後半は二階席で聴いたが、印象は変わらなかった。

冒頭のバッハ『パルティータ第二番』で少し驚いた。井上のたたずまいからもう少し禁欲的な演奏かと思っていたが、実に抒情的なアプローチだったのである。客観的というよりは、むしろ身近で私小説的な奏でで、少女のような純粋さと甘さを保っている。井上二葉は性格的にも活動スタイルにも、けれん味が一切ない人だ。好んでフランス近代のマイナー作曲家の作品をとりあげるが、変わった演目でメディアの注目をひこうという魂胆はない。ただひたすら、埋もれている優れた作品を紹介したいという静かな情熱によるものなのだ。

八十歳を超えても暗譜で演奏し、記憶にいささかの乱れも見せない。それは、この人がテキストのすみずみまで理解し、咀嚼しているからだ。

バッハにつづいて演奏されたのは、ジョセフ=ギィ・ロパルツという、あまり名前をきかない作曲家の『コラールと変奏』と『夜想曲』の二曲。

井上自身の曲目解説によれば、ギィ・ロパルツは一八六四年、ブルターニュ地方に生まれ、パリ国立音楽院でデュボアとマスネーに師事、のちにセザール・フランクにも学び、強い影響を受けたという。亡くなったのが一九五五年だから、活躍した時期は後期ロマン派から二十世紀音楽にも重なるが、時流におもねることなく、ひたすら自己の内面と対峙し、音楽を言語化しようとする姿勢が井上とオーバーラップする。

休憩後は、フォーレ協会の会長もつとめる井上がライフワークとするフォーレ『夜想曲第一番』『同第七番』と『即興曲第四番』。フォーレはとりわけメモリーがむずかしい作曲家として知られるが、井上は特有の唐突な転調、オルガンを思わせる立体的な声部の動きも見事に処理して、エスプリあふれる演奏を聴かせてくれた。

真撃に楽譜と向き合う井上の姿勢がもっともよく見えたのが、プログラムの最後から二番目に置かれたプーランク『主題と変奏』だった。かのホロヴィッツが初演を拒否したと伝えられているほど、技巧的にもむずかしい作品である。

プーランクらしい歌謡性に満ちた主題がさまざまに分解され、鍵盤の端から端まで使って縦横無尽に変奏がくりひろげられる。この作曲家特有の、真面目さと諧謔性の混濁。井上のアプローチは、こうした作品を弾くときのひとつのお手本ともいうべきもので、他人よりうまく弾きたいとか、大向こうをうならせようという邪念がなければ、こんなにもスッキリとシンプルに演奏できるものかと、唖然とした。

虚飾や小細工は一切なし。しかし、微妙なニュアンスとか、間の取り方とか、そこかしこに絶妙の選択が見られ、いかにもプーランクらしい酒脱なユーモアが滲みでてくる。

井上二葉という希有な存在が長く音楽の愉しみを与えてくれることを願ってやまない。

2013年9月25日 の記事一覧>>

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