【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第5回 イェルク・デムス」(音遊人 2013年12月号)

ウィーン三羽烏の中で、亡くなったフリードリヒ・グルダはまぎれもなく天才だった。モーツァルトの作品で自由な装飾音を加えたり、ユーロ・ジャズふうの自作品でプログラムを組んだり、戦後の「新即物主義(楽譜に忠実に、作曲家の意図を尊重する解釈)」全盛の時代では異端視されることも多かった。パウル・バドゥラ・スコダは、歴史的な鍵盤楽器の研究・演奏で知られ、ヴィルトゥオーゾというよりは学究肌のイメージがある。

イエルク・デムスは抒情派だった。師の一人、ギーゼキングは新即物主義の旗頭だったが、デムスは「楽譜に忠実」が規範のころからかなり自由に弾いていたように記憶している。しなやかな音楽性を買われて歌曲伴奏の活動も多く、エリーザベト・シュヴァルツコップやディートリヒ・フィッシャ=ディースカウらの名パートナーとして知られた。

そのデムスも二〇一三年に楽壇デビュー七十周年を迎え、三月にはウィーン楽友協会で記念コンサートが開かれたという。

その直後、都内の小さなサロンでブラームス・アーベントを聴く機会があった。前半は、作品百十六の『幻想小曲集』、百十七の『三つの間奏曲』、作品七十九の『ラプソディ第二番』。後半は作品百十八と百十九の『ピアノ小曲集』。『ラプソディ』以外は一八九二~九三年作。ブラームス晩年の作品群である。

聴かせるのがむずかしい渋い作品ぞろいだが、なんとベースがしっかりしているのだろうと思った。若いころの甘やかな抒情というよりは、豊富な音楽体験に裏打ちされた堅固な様式感が先に立つ。昨年秋の浜松国際ピアノコンクールで、新進ピアニストたちが超絶技巧を披露するいっぽうで、音楽の文法がおろそかにされがちなことが気になったが、その反対である。

コンテスタントたちの欠点がもっとも顕著にあらわれたのが、第三次予選の課題曲、モーツァルト『ピアノ四重奏曲』だった。第一番の二楽章には、左手一本で通奏低音を弾く場面が出てくる。古典作品の場合は、まずパスがあってその上に和声が組み立てられ、その上にメロディが乗る。家にたとえるなら土台と柱といった重要な役目なのだが、ただ音が並んでいるだけで、少しも支える機能が発揮されていないケースがほとんどだった。

モーツァルトの『ピアノ四重奏曲』では、一九七九年にウィーン・フィルの主要メンバーと共演したデムスの名盤がある。あらためて、機能和声法を使った古典音楽は、ひとつの大きな建物の中で奏でられるという印象をもつ。ひとつの調性の部屋にも主和音、属和音、下属和音という柱が立ち、意図的に崩した非和声音がある。その部屋を出て別の部屋に上っても、建物を出るわけではない。

デムスのモーツァルトは、弦楽器奏者たちと対峙しつつ、常に全体を見わたして、階段をのぼる途中とか、ちょっと立ち寄ったサロンとか、それぞれの位置にふさわしい表現を巧みに操作する。モーツァルト特有の即興性や思いがけない転調にもしなやかに対処しつつ、強大なエネルギーで建物を支えている。

デムスのブラームスにも、同じことが言える。同じ音でもべースが変わると役割が変わり、色も変わる。ハーモニーに属さない音には緊張感がある。パスが変わって和音内音に転じるとホッとする。時間と空間の中で、その力学が実に明快に描かれる。音が均等に並んでいても、大事な音とそうではない音がある。その力学も実に自在に表現される。

ウィーンの伝統に支えられたよい趣味が行きわたるブラームスは、堅固な土台の上で少しもいかめしくなく、かといって安易な詠嘆調でもなく、不必要に枯れすぎてもいない。

ブラームスは内にこもりがちで気むずかしく、ときに親しいクララや子供たちをもとまどわせたという。偉大な作曲家の孤独に分け入り、大いなる共感と温かいまなざしをもって描き出したデムスのブラームスは、客席を深い感動で包んだ。

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