【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第28回 アンヌ・ケフェレック」(音遊人 2019年秋号)

しっかりした様式感を保ちながら、決して頭でっかちになることなく、ペダルもたっぷり使い、人間的な魅力に溢れている。

舩木篤也によるプログラム・ノートには、この日演奏する三人の作曲家についてのケフェレックの言葉が引用されていた。いわく、「(ハイドンの)笑いは、生に対する愛であり、どんな悲劇があろうと最後に必す勝つ。

二〇一九年四月三十日、平成最後の日は、王子ホールにアンヌ・ケフェレックを聴きに行った。一九四八年生まれの七十一歳。黒地に花柄のシックなドレスで登場し、ステージング、プログラミングも含めて軽妙・洒脱なたたすまいが魅力だ。

この日のリサイタルは「ウィーン万歳」と題されていた。ケフェレックはパリ音楽院を卒業後、ウィーンに留学し、スコダやデームスという、いわゆる「ウィーン三羽烏」のうち二人に師事しているのだ。デビューも、パリよりウィーンが先だ。

そんな彼女のウィーン古典派は、利する」。「モーツァルトはこの世の雑音と悪意の上に、人間的行為というハチミツとミルクを注ぐ」。「ベートーヴェンのあの不断の、伝染力をもったエネルギーは、消えることのない一個の炎だ」。

言葉をもてあそぶことなく、音楽の本質にズバリと突き刺さるコメントだが、彼女の演奏もまたそのとおりだった。ハイドンの『ソナタロ短調』は、手を縦に切るスタッカートでリズムを躍動させ、魔法の指先でメロディをふちどる。

つづくモーツァルト『ソナタ変ロ長調』の出だしは、ハイドンの第二楽章「メヌエット」そっくり。パリ時代の最後を飾る華麗なソナタだが、決して明るく楽しいだけの音楽ではない。それは、直前のハイドンが短調なのに愉快に聴こえるのと真逆で、このあたりにケフェレックの哲学を感じる。

後半のベートーヴェンでは、『ソナタ第一番』が素晴らしかった。整然とした古典的枠組みの中に「伝染力をもったエネルギー」を注いでいく。つづく『ソナタ第三十二番』は、彼女自身が燃えすぎたのか少し混乱がみられた。

五月四日は、「ラ・フォルジュルネ音楽祭」にヘンデルとスカルラッティを聴きに行った。

演奏前、ケフェレックはマイクを持ち、同じ一六八五年生まれのヘンデルとスカルラッティの出会いについて英語で語っていた。一七〇六年にオペラ修業でイタリアにやってきたヘンデルは、パトロンの屋敷でスカルラッティに出会う。パトロンは二人に鍵盤楽器の腕競べをさせ、ハープシコードではスカルラッティが、オルガンではヘンデルが勝ったという。意気投合した二人はイタリア中を旅行してまわった。

こんなエピソードを紹介してピアノに向かう。プログラムの冒頭にヘンデル『調子の良い鍛冶屋』と書かれていたので、耳慣れたメロディを待っていたら、前奏曲から始まり、客席がちょっとざわついた。『ハープシコード組曲第五番』全曲だったらしく、アルマンド、クーラントについで「エアと変奏曲」。

演奏は本当に素敵で、ペダルを多めに使い、デッドな国際フォーラムのD7を豊かな響きで満たしていた。切れの良いスタッカート、しっとりしたレガート、軽やかな指さばき。即興的な装飾も散りばめ、大胆なテンポ変化も含めて創意工夫を感じさせる。

スカルラッティのソナタを三曲弾いたあと、ケンプが編曲したヘンデルの『メヌエット』。何という美しい音色、何という美しいフレージングだろう。メロディやハーモニーのちょっとした騎りに、ケフェレックの音楽に対する真摯な気持がにじみ出ていた。

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