【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第26回 アレクセイ・リュビモフ」(音遊人 2019年春号)

二〇一八年十一月二日、サントリーホールのブルーローズで開かれた“アレクセイ・リュビモフ、エラールを弾く”を聴きに出かけた。
 
一九四四年生まれのリュビモフは七十四歳。モスクワ音楽院でネイガウスとナウモフに師事し、一九六五年のリオデジャネイロ国際コンクールで優勝。当初は現代音楽に興味を示していたが、一九七五年ころ、アーノンクールが古楽器を使って録音したバッハ『マタイ受難曲』に感銘を受け、ピリオド楽器による演奏を開始する。現在は、モダンピアノとともにチェンバロ、フォルテピアノと幅広いフィールドをもつ鍵盤楽器奏者として知られている。
 
二〇一八年には第一回ピリオド楽器のためのショパン国際コンクールでも審査員を務めた。当夜はそのコンクールで二位入賞した川口成彦が特別出演。ソロ、リュビモフとの連弾に加えて、フォルテピアノについて簡潔で要を得た解説をした。

サントリー所蔵のエラールは一八六七年製。福沢諭吉ゆかりの楽器で、声楽家福沢アクリヴィさんが亡くなったあと、サントリーホールが譲り受け、山本宣夫が修復した。
 
曲目はベートーヴェンの『ソナタ第三十番』、ドビュッシーの前奏曲集から八曲、ショパンのバラード全四曲。このうちショパンでは、リュビモフはすでに、一八三七年製のエラールを使って素晴らしいCDを出している。プログラムはバラード四曲のほか、『舟歌』『幻想曲』『子守歌』。CDでは透明感が魅力だったが、当夜使用された一八六七年製エラールではアプローチが全く異なっているのに驚かされた。大変な音楽的容量の持ち主だ。

フォルテピアノの奏者は、当時の演奏習慣に従ってさまざまな即興的なパッセージをつけ足すのが常である。リュビモフも、ベートーヴェンのソナタの第三楽章では、テーマの旋律をエレガントな装飾で縁取っていた。
 
ショパンのバラードでも、各曲の前にプレリューディング(前奏)を加えていた。普通は即興でアルペッジョなどをつまびくのが、この日はショパン自身の前奏曲から同じ調性のものを選んで弾いていた。これがまたチャーミングで、前奏曲を全部聴きたくなったほど。

白眉はドビュッシーの『前奏曲第一巻』抜粋。エラールのキレの良さを最大限に生かした「野を渡る風」、エラールらしからぬ物憂い表情を醸し出した「音と香りは夕暮れの大気に漂う」、さまざまな音色を駆使して素晴らしい遠近感を演出した「沈める寺」。

とりわけ印象的だったのは、フラメンコギターをかき鳴らす「途絶えたセレナーデ」。ひとりでに音が連なっていく楽器の特性を生かして、まさにギターを思わせる凄みのある響きを引き出してみせる。アメリカの黒人音楽を模した「ミンストレル」でも、思い切りリズムの間をとった遊びごころ満点の演奏で客席を魅了した。

リュビモフのドビュッシーは、印象派と呼ばれるこの作曲家から予想されるものよりはるかにダイナミックで激しいアプローチ。荒れ狂う海を表現した「西風の見たもの」では、じっさいに波しぶきがかかるような錯覚に襲われるほどだった。古楽器=典雅というイメージを払拭し、むしろこの楽器でなければできない表現を見せてくれる。

古楽器演奏家というと学術的なイメージがあるが、リュビモフは根っからのアーティストで、その場の感興に応じて湧き出たものを楽器に託す。おそらく、演奏する場によって、楽器によってもさまざまに変化していくのだろう。その想像力と創造力に脱帽した。

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