【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第27回 高橋アキ」(音遊人 2019年夏号)

二〇一九年三月二十四日、宮地楽器ホールに、高橋アキさんによるブーランクの音楽物語「ぞうのババール』を聴きに行った。

二〇世紀音楽の旗手として知られる高橋アキさん。前号で紹介したリュビモフと同じ一九四四年生まれだが、シャープな指さばきと抜群のリズム感、てらいのない表現で、むしろ生きのよいフレッシュな印象がある。

一九七〇年に武満徹、プーレーズ、クセナキスと実兄高橋悠治という斬新なプログラムでデビュー。内外の新作初演も多く、作曲家の信頼が厚い。シューペルト、サティとともにミヨー、プーランクなどフランス六人細の演奏にも定評がある。

「ぞうのババール』は、妻が子供たちに話してきかせた小象の物語にインスパイアされたプリュノフが、自ら絵を描き、一九三一年に出版した童話である。同年生まれの作曲家プーランクは、一九四〇年、親戚の子供たちが絵本を夢中になって読んでいるのを見て、即興で弾き語りしたのがきっかけで音楽化を思い立った。

話り手とピアニストのための「ぞうのババール」は、お母さんを射殺されたババールが象の王さまになり、結婚するまでのストーリーをときに元気溌刺、ときに哀愁漂う変幻自在な音楽でふちどっている。

高橋アキさんはこの音楽物語をたくさんのナレーターと弾いている。忌野清志郎さんとのアルバムは、日本での最初のレコードだった。長野羊奈子さんとは全国をまわった。今回の「ババール』は水戸芸術館の子供向けプログラム。絵本を大型スクリーンに映し、語りは名噺家柳家小さんの孫、花緑さん。最初に登場した花緑さんは、巧みな話術で子供たちを沸かせる。予供たちも反応がよく、電光石火に答えが返ってくる。

ついでアキさん登場。最初は、サティ『子供の音楽集』より『絵に描いたような子供らしさ』の三曲。シンガーソングライターのようなアームつきのマイクを使い、サティが楽譜に書いた言葉を読みながらの演奏。すると、花緑さんのトークで沸いていた子供たちが急にしーんと静まり返ったものだ。

「千段もある象牙の階段」とか、「剥製にしてしまおう」とか、ビンとこない表現もあると思うのだが、困惑や緊張感はみじんもない。アキさんのひとつひとつのタッチ、言葉のひとつひとつに集中している。圧倒的な本物を前にして無口になる感じだろうか。これはとても面白い現象だった。

子供たちが大好きな猫関連の作品からは、助川敏弥『ちいさきいのちのために』、渡辺俊幸『いたずら子猫』、平吉毅州『踏まれた猫の逆襲』が選ばれた。最後の曲は、誰でも知っている『ねこふんじゃった』のパロディ。これみよがしのユーモアではなく、道なりにおかしさが伝わってくる。
子供たちも親もゲラゲラではなく、クスクスと笑う。

『ババール』では、再び花緑さんがステージに立つ。テキストの翻訳は矢川澄子さん。噺家らしくアドリブをまじえてのナレーションだったが、アキさんのビアノはごく自然に語りに溶けこみ、お母さん象の愛情に包まれて無邪気な遊びに興じるババール、その幸ぜを打ち砕いてしまう無慈悲な狩人、ババールを愛し、何でも買ってあげるおばあさん…とさまざまなキャラククーを弾きわけていく。
ビアノがまた独特の響きで、水琴窟のようなひそやかな輝きを放つ。

音楽物語の最後は、結婚式の夜のシーン。星はしずかにまたたき、アキさんの音もまたたき、ババールも花嫁も幸せで溶けてしまいそう。花緑さんが「おしまい!」とささやいたとき、会場のみんなの顔も幸せ感に満たされていた。

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