【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第22回 深沢亮子」(音遊人 2018年春号)

深沢(旧姓大野)亮子さんは、子供のころ、『ピアノの日記』で親しんでいた。ビアノを始めたばかりの子供にとって、先輩のお稽古の模様は何より参考になった。朝起きたら、まだ手が温かいうちにさらう、洗面はそのあと……など、今でも実行している。

留学後の「ウィーン日紀」も大いに胸躍らせて読んだものだ。可愛らしい少女時代の亮子さんの写真も素敵だったが、グレーテ・ヒンターホーファー先生という、ピアノを聴いたことも会ったこともないウィーンの先生のこともまるで我が師のように感じられ、何度も何度もページをめくった。

今のようにコンクールやオーディションの多くない時代、十五歳で日本音楽コンクールを制し、ジュネーブ国際コンクールで第二位(一位なし)に入賞した深沢さんは、留学時代に培った確かな技術と音楽の文法を現在も保ち続けている。その類い稀なセンスと真摯な姿勢は、ピアノ界に爽やかな風をもたらしてくれる。

二〇一七年五月十七日、浜離宮朝日ホールで開催されたリサイタルの前半は、親交のあつた作曲家助川敏弥(一九三〇〜二〇一五)の作品。後半は、モーツァルトの「ピアノ・ソナタハ長調K330」、そしてメンデルスゾーンの「厳格な変奏曲」など。

深沢さんは前腕が強く、ボンと腕を跳ね上げると、ころんとした指先から鮮明な音が紡ぎ出される。音の粒がよくそろい、俗に言う「真珠のような」タッチなのだが、決して硬くならす、いつもしっとり露を含んでいる。助川作品では、美しい響きのグラデーションに心奪われた。

最初はビアノ小曲集『ちいさな四季」から四曲。「そこまで春が」はやさしいやさしいメロディを支えるハーモニーがきめ細かく奏出される。問いと答えのやりとりが楽しい「だれか呼んでる どこからなの」。「秋の谷川」は、せせらぎを思わせるさわやかな作品。「暮れる谷川 石がなる」は、さびしげなハーモニー。深沢さんはひとつひとつのタッチを確かめながら音色をつくる。

つづく「花の舞」は即興風の作品で、キラキラしたアルベッジョとスケールが虹のように色合いを変えていく。『松雪草』は、二〇一〇年に深沢さんが初演したビアノ曲。前半の最後は、一九七八年に、やはり深沢さんによって初演された『山水図』。円山応挙の絵や日本の伝統楽器にヒントを得た九分の作品で、静と動のコントラストが印象的だ。

後半は十歳から師事した恩師永井進先生にちなんだ選曲。モーツァルトのハ長調のソナタは、永井進先生の十八番だったという。深沢さんといえばモーツァルト。美しいフレージングと堅固な様式感。お手本のような演奏だ。メンデルスゾーンの『厳格な変奏曲』は、すぐに楽譜が手に入らないので永井先生が賃してくださったという。初めて参加した門下生発表会で弾き、学生音楽コンクールを制した時の演奏曲でもあった。

深沢さんは、初めてそれらの作品に接した時のひたむきさそのままに演奏する。少しも崩れたり馴れ合いになつたりしない。

コンサートの摸様はNHK−BS「クラシッック倶楽部」で放映された。インタビューに応えて深沢さんは、両親が音楽好きだったので、強制的にやらされたというよりは、「好きだから」弾いてきた、それが今もつづき、「大切な、何でも話せるお友達のような存在」だと語る。本当にその言葉のまま、ごく自然に楽しげに弾いているのが印象的だった。

2019年7月27日 の記事一覧>>

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