【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第23回 舘野泉」(音遊人 2018年夏号)

2018年3月25日、自由が丘の月瀬ホールで開催された館野さんのリサイタルを聴いた。自由が丘は館野さんの生地。ホールのあたりは子供のころの遊び場だったという。

1936年生まれの館野さんは、66歳のとき脳出血で右半身不随になったが、翌年「左手のピアニスト」として復帰を果たした。以降、世界各国の作曲家が館野さんのために作品を献呈している。

コンサート当日、館野さんの左手は、時折症状が出るヘバーデン結節に苦しめられていた。各指の関節が球のように膨れ、演奏する際に耐えがたい痛みを感じるという。

しかし、ブラームスが左手のために編曲したバッハ『シャコンヌ』から始まったプログラムは、いずれも深々と美しく、多彩な音色でテクスチュアが見事に描き出されていた。

両手で弾くときには、右手の細い小指がメロディを歌う場合が多い。どのようにして響かせるか、ピアニストたちは秘策を凝らすのだが、左手の場合は太くがっしりした親指がその役にあたるので朗々とした響きを出すことができる。とりわけ館野さんの親指は大変立派で、まるで人生のように自在な表情をつくりだす。

ブラームスについで演奏されたスクリャービンの『前奏曲』では、この作曲家特有の激しい濃密さと秘めやかな優しさの交錯を楽しんだ。『夜想曲』のメロディは悩ましい心の襞を描き、アルペッジョが色彩を添える。

ついで、内外の作曲家たちが館野さんのために作曲した作品の数々が紹介された。

マグヌッソン『アイスランドの風景』は2013年に初演した組曲。「東部の小川の滝」は中音域の動きを中心に高音域、低音域部分に分かれ、まるで両手で弾いているよう。「鳥の目から見た高地」は、雄弁な歌にからむ装飾音が魅力的だが、ときおり叩きつけられる不協和音がコントラストをなしている。「オーロラの舞」は、点滅するような音の粒が美しい。白夜を描写した「うららかなひと時、夏至の深夜の煌々と明るい夜に」は、ドビュッシーの『雪の上の足跡』を思わせる神秘的な響き。「大河ラーガルフリョーのほとりを歩く」は、即興風のアルペッジョの上で、どこかなつかしいメロディが歌われる。

演奏の間のトークも楽しい。館野さんの尽力で、左手のための作品も定着してきた。箕面市では左手のためのピアノ曲の初のコンクールが開かれる。金沢の音楽祭には左手セクションが設けられ、5月には館野さんがリサイタルを開くが、11月には次年度の出演者を決めるオーディションがある。その課題曲にマグヌッソンの作品を提案したとのこと。

シサスクというエストニアの作曲家の『エイヴェレの惑星』は、五音音階で星のまたたきが表現される。どこかの音が強いのは、特別に光る星の意味だろうか。やがて低音域にオクターヴの力強いメロディがあらわれると、五音音階も耀きをまして最高潮に達する。それから次第に減衰していき、最後はかすかなピアニッシモで消える。

館野さんは女優の草笛光子さんと朗読と音楽の会を催しているが、谷川俊太郎『女に』という詩集の朗読のバックにこの作品を選んだ。女性の一生を歌った赤裸々な詩と、人間を超越した星の世界の音楽が見事にマッチしたという。

母や師や友を亡くし、無常観にとらわれて書いたという塚本一実の『天界飛翔』、パリやベルリンで演奏して好評を博した光永浩一郎の『サムライ』、進行性の難病と戦いながら作曲・演奏活動をつづけている月足さおりの『しずく』。演奏できるだけで幸せと微笑む館野さんの左手が紡ぎ出す曲たちは、音楽の奥深さをしみじみと感じさせてくれた。

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