【連載】ドビュッシー最後の1年【11】(ふらんす 2018年2月号)

ヴィクトル・セガレン

ドビュッシーが1905年から居を定めた16区の一軒家には、彼の作品を愛する若い演奏家や作曲家、詩人・劇作家たちが訪れることがあった。

ヴァイオリニストのアーサー・ハルトマンは、ヴァイオリンとピアノ用に編曲したドビュッシーの歌曲を携えて訪問し、首尾よく許可された。ドビュッシー作品を弾いて作曲家をうんざりさせてしまうピアニストもいた。

ハンガリーの作曲家コダーイは、1909年末にパリに出てきたときにドビュッシー家を訪問しようとしてピアノ教育家フィリップに意見をもとめたところ、ドビュッシーは「あらゆる人間を嫌っていて、不作法に振る舞うだろう」と言われ、断念してしまった。

しかし、精神科医にして劇作家のヴィクトル・セガレンは、作家のユイスマンスに紹介を頼んだところ、彼は気さくな人で「単に訪問しても喜んで会ってくれるだろう」と言われた。

1906年4月25日、セガレンはさっそくドビュッシーのもとを訪れ、2日後に面会の約束をとりつける。

自分の台本でドビュッシーにオペラを書いてもらいたいという野望をもっていたセガレンだが、仏陀の生涯を扱った『シッダルーダ』を持ち込んで断られ、作曲家のアドヴァイスのもとに台本を執筆した『オルフェ王』も、結局音楽化されなかった。

その意味では、他の「共同制作者」と同じ末路をたどったわけだが、ドビュッシー研究者にとってセガレンが貴重なのは、脚本のやりとりを兼ねて足繁くドビッュシー宅を訪問し、彼との対話を詳細に書き留めておいてくれことだ。のちにこの手記はアニー・ジョリ・セガレンとアンドレ・シェフネルの手によってまとめられ、2人の往復書簡もまじえて1961年にSegalenetDebussyとして出版された。

「あなたは、私が「音楽」について話し、さらには、自分についても話すことのできる数少ない相手の一人です」とセガレンが書きとめているように、ドビュッシーは年若い友人にかなりの本音をもらし、それがとても面白い。

たとえば1907年10月8日の対話。自分を賞賛する若者にドビュッシーは、あなたは私の欠点を知らないからだと言う。「私においては、すべてが本能的で非合理です。私は自分自身を制御することがまったくできません。ときどき何もできなくなって壁にぶつかり、それを乗り越えられるかどうか自問自答しているのです」

1908年1月15日付けの書簡もおもしろい。コンセール・コロンヌが交響詩《海》を演奏予定だったが、指揮者のピエルネが放り出してしまい、ドビュッシーがかわりに指揮することになる。「心臓をドキドキさせて」のぼった人生初の指揮台だったが、印象は決してネガティヴではなかった。

「自分が本当に自分自身の音楽の中心にいるように感じられます」と彼は書く。「それがとてもよく「響く」と、自分自身が完全な音を備えた楽器になり、小さな棒の動きだけでそれらの音が解き放たれるように思われるのです」

自分の作品なのに、あるいはだからというべきか、音楽が生まれる瞬間に立ち会う生々しい体験談がある。

《海》の指揮でオーケストラという鳴り響く音響体の中に身を置いたとき、ドビュッシーはセガレンの短編小説『鳴り響く国の中で』を思い浮かべただろうか。1907年8月にこの作品を読んだドビュッシーは、「まったく未開拓の分野における、きわめて優れたものです」と絶賛している。

人里離れた土地に暮らす友人のもとを訪ねた主人公は、奇妙な物体が壁に張りめぐらされ、天井からっり下げられた部屋に案内される。彼が特殊な音響装置を操作するとありとあらゆる音が共鳴し、幾重にもエコーを増幅させ、壁に乱反射するのだった。

この部屋のアイディアに魅せられたドビュッシーは、作中人物が語るオルフェウス伝説の読み替えをモティーフにオペラの共同制作を提案する。

「すばらしい素材です。試みるのは困難ですが、実際にやってみる価値のあるものです[…]。そこには、私が音楽でやりたいことが……それ以上の何かが……はっきりと見えます。これは私の音楽の「遺言」となるでしょう……。

しかし、他の多くの計画と同じように『オルフェ王』もただの一音符も書かれることはなかった。

ドビュッシーは1915年12月に直腸ガンの手術を受け、翌年2月から60日間の放射線治療を受けたが、予後はよくなかった。本人には「腸炎」と告げられていたが、医者であるセガレンは真実を見抜いていた。同年3月、彼は友人にこんな手紙を書いている。

「誰にも話していませんが、今、私はクロード・ドビュッシーの病について、大きな悲しみにうちひしがれています。彼の病はとても深刻で、おそらく命にかかわるものだと思っています」

ドビュッシーがこの世を去るのは、それから2年後の3月25日である。

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