【連載】ドビュッシー最後の1年【8】(ふらんす 2017年11月号)

お気に召すまま

11月1日、サン=ジャン=ド・リューズからパリに戻ってきたドビュッシーは、出版社のデュランに宛てて、子どものためのバレエ音楽《おもちゃ箱》のオーケストレーションとオラトリオ《聖セバスチャンの殉教》のオペラ化(いずれも実現しなかった)について語ったあと、次のように書いている。

「さらに、W.シェイクスピアの「お気に召すまま」のための舞台音楽の計画(ジェミエの実事上の同意済み)があります。そして、多くの素晴らしい計画がありながら、私にあるのは、すぐれない健康だけで、それは、もっとも些細な衝撃にも苛立つのです」

シェイクスピア・フリークのドビュッシーは、作曲家の登竜門であるローマ賞のご褒美でメディチ荘に滞在していたときも、旧友3人と語らって『お気に召すまま』のそれぞれの役を受け持ち、「大朗読会」を催したという。帰国後にあるアンケートで「好きなヒロインは?」ときかれたときは、『お気に召すまま』の男装の麗人「ロザリンド」の名をあげている。

1902年から03年にかけては、詩人のポール=ジャン・トゥレとの間でこの作品の音楽化の話がもちあがっていた。トゥレは1901年7月、イギリスの怪奇小説作家アーサー・マッケンの『パンの大神』を翻訳し、ドビュッシーに贈っている。近代科学と心霊術をドッキングさせ、性的な要素を盛り込んだこの作品は、ドビュッシーをいたく喜ばせた。

『お気に召すまま』の翻案をもちかけたのも、おそらくドビュッシーのほうだろう。彼は、詩人や作家に自分の劇作品のための台本を書かせ、やんやの催促をし、加筆や訂正を要求するにもかかわらず、自分のほうは一音符も書かないケースが多いのだが、『お気に召すまま』も同じだったらしい。

1902年10月、トゥレが第2案を送ったときの手紙が残っているが、ドビュッシーは、舞台裏に合唱を配してオーランドとチャールズの格闘シーンを「倒れるぞ!倒れないぞ!」という叫びで盛り上げるなど、突飛な提案をするばかりで少しも音楽を書こうとしない。

トゥレの日記によれば、1903年9月14日、『お気に召まま』の台本がほぼ完成した。2か月後、ドビュッシーは受け取りの礼状を書き、すぐに返事をしなかったのは《ペレアスとメリザンド》の再演に時間をとられていたからだと言い訳している。

2人の書簡で次に『お気に召すまま』が話題になるのは、1917年6月7日、つまり死の前年のドビュッシーがサン=ジャン=ド・リューズに赴く少し前まで待たなければらない。それによれば、《シャイロック》の公演に出かけたドビュッシーは、アントワーヌ劇場やオデオン座の監督を歴任した俳優のジェミエに会いに行ったらしい。

「私は彼に「お気に召すまま」に対する私の昔の情熱について話し、そのことで彼に計画があるなら、喜んで舞台音楽を書こうと言ったのです……ジェミエの顔は喜劇の仮面をつけ、そして「承知しました」と言いました」

このとき、旧友のガブリエル・ムレーが闖入してきて、台本は自分が書くと主張したので、ドビュッシーは過去の経緯を物語り、「トゥレと「お気に召すまま」とは、ずいぶん前から、私の頭の中では一緒になっていて、けっしてどちらが欠けても仕事はしないだろう」と説得したと書かれている。台本作者が誰であろうと、どのみち未来永劫仕事はしないのだが。

ドビュッシーは、7月初めにサン=ジャン=ド・リューズに出発してしまう。トゥレはドビュッシーの主治医に手紙を書き、彼の妻は手術について語ったが、詳細がわからない、結局のところどんな病気なのか、仕事をするだけの体力はあるのかなどと訊ねている。

ドビュッシーからは、ジェミエはアントワーヌの弟子なので、音楽を導入すると高くつくと難色を示している、何とか妥協点を見つけなければならないという手紙がくる。トゥレはジェミエに手紙を書くと言ったらしいが、ドビュッシーは、「我々の意図がもう少し明確になるまで待ったほうがよい。わざわざことをむず1かしくしているように思われますが、あなたの天性の才能にまかせればよいので、音楽はいつもふさわしい場所を見つけるでしょう」とやんわりおしとどめている。

ドビュッシーの健康が心配でならないトゥレは、8月にサン=ジャン=ド・リューズに赴き、シャレ・アバスで「窶れた様子」の作曲家に会っている。

冒頭に記した手紙が書かれて1週間後、トゥレはドビュッシーに手紙を書き、台本の2幕目に少し手を入れたと告げた。2日後、高等中学の同級生に宛てて「ドビュッシーとジェミエは、「お気に召すまま」の音楽つき上演で合意している。彼は我々の昔の計画を思い出させてくれたのだ」と書き、「私を祝福してくれたまえ。これはよい作品だし、やりがいのある仕事だ」と胸を張ったが、ドビュッシーが彼に返事を書くことはもうないだろう。

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