【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第21回 ジャン=クロード・ペヌティエ」(音遊人 2017年冬号)

2016年5月に来日予定だったペヌティエが病気のためにキャンセルし、振り替え公演が12月17日におこなわれた。半年たって健康状態には問題ないようで、休憩をはさんでたっぷり2時間にわたる長丁場のリサイタルを元気にこなしていた。

ヴィンテージ・ピアニストの中には若いころにはさほど目立つ存在ではなく、熟年になってから脚光を浴びた人も多い。ペヌティエもその一人で、5月のラ・フォル・ジュルネ・ジャポン音楽祭には毎年のように出演しているが、本格的なリサイタルは2014年のトッパンホールが最初だという。このときは、フォーレとショパンの前奏曲を入れ子で弾くという凝ったプログラムで話題を呼んだ。2016年も、1915年4月に敗血症で亡くなったスクリャービンが、その12日前にペテルブルクで開いたリサイタルのプログラムを再現するという興味深い試み。

スクリャービンは自作だけで固めていたが、ペヌティエは同じ曲目の間に同時代の他の作曲家の作品をはさんでいて、これがおもしろかった。たとえば、スクリャービンが1903年に書いた前奏曲のあとに、同じ年にラフマニノフが作曲した前奏曲を並べている。二人は1892年にモスクワ音楽院のピアノ科を卒業していて、成績はラフマニノフが1位、スクリャービンが2位という本当のライヴァルだった。作曲家としては、無調を試みるなど前衛的な方向に進んだスクリャービンに対して、歌謡性に満ちたラフマニノフは19世紀的ロマンティシズムの匂いを漂わせている。知性派のペヌティエはどちらかというとスクリャービンに親和性を感じているようだ。

やはり1903年に書かれたスクリャービンの『ワルツ作品38』とシベリウスの『悲しきワルツ』の対比も興味深かった。しゃれた味わいの主題にダイナミックな中間部が挿入されるスクリャービン作品に対して、シベリウスのワルツは死に瀕する女性が夢うつつの中で踊るという幻想的な内容。どこかサティの『ジュ・トゥ・ヴー』を思わせる頽廃的なテイストの作品だ。

『練習曲作品8−7』は当夜のプログラムでは最初期に属する1894年作で、左手と右手の拍がずれる書法はショパンの『練習曲作品25-4』を連想させる。

前半の最後は『ソナタ第三番』。物に憑かれたように弾くピアニストも多いが、ペヌティエは決しておぼれることなく、込み入ったテクスチュアを透明な糸で紡ぎ上げる手腕に舌を巻く。

後半は、リストの無調的な作品『灰色の雲』と『調整のないバガテル』の間にスクリャービンの無調的な作品をはさむという凝った趣向。ペヌティエのタッチはあくまでも繊細で、ほとんどピアノかピアニッシモのグラデーションの中で非現実の音を鳴らしていく。シューマンの『アラベスク』のように揺れる『やつれの舞曲』に魅せられた。やはり濃淡だけで描ききったシェーンベルク『六つの小さなピアノ曲作品19』もすばらしかった。

最晩年の『二つの舞曲』の第二曲には文字通り『暗い炎』が揺れ、「死と愛」をテーマにした『前奏曲作品74-2』は白日夢のように奏出される。『二つの詩曲』より『不思議』は、モローの女性像に刻み込まれる線描のような妖しいきらめきを伴っていた。

プログラムを締めくくるのは『ソナタ第四番』。魔的な雰囲気を湛えた第一楽章、多様なリズムが交錯する第二楽章を弾ききったペヌティエに大きな拍手が寄せられた。

2017年11月29日 の記事一覧>>

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