新メルド日記

ジェローム・ロビンスのバレエとアンリ・バルダ その2

結局、私たちはすぐにバルダと仲直りした。

最初のアクションは、私の携帯にはいっていたバルダからのメール。
「もしかしてお前たちは今日(4日)の午後の後半に私に会いたいと思っているか?」直訳するとこんな感じになる。
次のアクションは川野さんの手紙。最大限に礼をつくしておわびの言葉を書き連ねたらしい。最後に愛のメッセージもふんだんに盛り込む。美術館見物に行くついでにバルダのホテルに持っていき、フロントに預けてくると言って川野さんはアパートを出た。

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「安川加壽子記念会 30年の時を経て蘇る秘蔵映像」を終えて

アンリ・バルダのウィーン日記が途中なのだが、次から次にことが押し寄せる。
6月24日には浜離宮朝日ホールの小ホールで安川加壽子記念会の第10回コンサートとして、安川先生ご自身の演奏映像を上映する会を催し、私がナビゲーターをつとめた。

安川記念会は、1996年7月12日に先生が亡くなったとき、ご葬儀の折りに楽奏するために発足した門下生の集まりが母体になっている。一周忌を期に結成され、97年に東京の紀尾井ホールで開かれたコンサートでは、先生のレパートリーからドビュッシーの前奏曲をメドレーで弾き、私も2、3曲弾かせていただいた。普通は一回かぎりの公演で終わりになるものだが、この会では、長く演奏活動をつづけた先生に倣って、先生にゆかりの演奏家の方々のご協力も得てそのつどコンサートを催してきた。

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ジェローム・ロビンスのバレエとアンリ・バルダ  その1

2011年5月25日、15年ごしぐらいの『グレン・グールド 未来のピアニスト』をゲラ戻しした。私の常として3校まで真っ赤にした(私は歴代の編集者たちから「赤字大魔王」と呼ばれている)ので、刊行は7月上旬ぐらいだろうか。

前回の日記で書いたように、4月26日から2週間、パリとウィーンに出かけた。
パリのほうは、秋の室内楽の合わせが目的。1度だけバスティーユのオペラ座でプッチーニ『トスカ』を観た以外は、スタジオにこもりっきりで練習していた。2日にウィーンに移動。こちらも、次の本でとりあげるアンリ・バルダがウィーンのオパー( オペラ座) に出演するので、その取材がてらということだが、観光とオペラ見物も兼ねている。

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窮鼠人間を咬む?

4月21日夜、ネズミに咬まれた。

状況はこうである。
我が家のピアノ室と書斎は歩いて13歩の廊下で結ばれていることは、これまでもエッセイなどで書いてきたと思う。

その廊下の隅に、ネズミ取りがしかけてある。ボール紙にとりもちのようなべたべたする薬剤が塗ってあるものだ。
そこに、最近我が家の屋根裏に住み着いたネズミがひっかかった。
ボール紙は軽いものだから、ネズミがバタバタあばれるのに合わせて廊下の真ん中に出てきてしまったらしい。

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原智恵子さんのベヒシュタイン

CD61枚、本53冊
2月6日と8日、福島県立美術館と東京の如水会館でトーク・コンサートに出演したときの物販の成果である。聴衆はそれぞれ200名と130名。3人弱に一人は何か買ってくださったことになる。
ご来場いただいた方、ご購入いただいた方、誠にありがとうございました。

福島美術館のほうは、昨年亡くなった造型作家・伊砂利彦先生の追悼回顧展での演奏だった。伊砂先生は、ドビュッシーの『前奏曲集第1巻』『同第 2巻』にヒントを得た24枚のパネルを制作されている。それからの作品をご紹介しつつ、当該の前奏曲を弾く試みを、浜離宮朝日ホールや京都芸術センター、 そしてパリの日本文化会館でもおこなってきた。

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新メルド日記

MERDEとは?

「MERDE/メルド」は、フランス語で「糞ったれ」という意味です。このアクの強い下品な言葉を、フランス人は紳士淑女でさえ使います。「メルド」はまた、ここ一番という時に幸運をもたらしてくれる、縁起かつぎの言葉です。身の引きしまるような難関に立ち向かう時、「糞ったれ!」の強烈な一言が、絶大な勇気を与えてくれるのでしょう。
 ピアノと文筆の二つの世界で活動する青柳いづみこの日々は、「メルド!」と声をかけてほしい場面の連続です。読んでいただくうちに、青柳が「メルド!日記」と命名したことがお分かりいただけるかもしれません。

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