オンディーヌの呪い ふたたび

新譜CD『ドビュッシーの神秘』(カメラータ)は、8月25日にいったんリリースされたが、マスターテープの一部に不具合が見つかったため回収。再リリースは9月5日に予定されている。

不具合は9曲め「水の精(オンディーヌ)」の開始29秒ぐらいの箇所で、一瞬、電源が切れたようにしゅっと無音になり、またすぐに戻る。耳をすませていないとわからないほどの微細な「音の消失」だ。私が最終バージョンを聴いたときは何も問題なかったが、その後、マスタリングする際に「何か」が起きたらしい。最終バージョンの確認と同時に校了になったため、その後の作業はカメラータに一任していた。

リリース前日の24日、『ぴあクラシック』に新譜紹介記事を書く担当の方から連絡があり、メディア用の見本盤を聴いたところ音が消える部分があるという知らせだった。最初はペダリングの妙による急激な減衰かとも思ったが、スコアを見ながら聴いてようやく消音を確認したとのこと。

こうした場合、レコード会社から販売店に回収を依頼し、一般ユーザーにはネットで交換の案内をするのが普通だという。おりしも、カメラータのスタッフは草津音楽祭の真っ最中。携帯に留守電を入れ、翌朝やっとプロデューサーと連絡がついた。その日のうちにエンジニアがマスターテープを手直しし、月曜日には工場に入れた。

くだんの「消音」箇所は編集したところではなく、演奏したのをそのまま録音しているだけだからエンジニアさんはキツネにつままれたおももちだったそうだ。

私がとっさに思ったのは、「オンディーヌの呪い、ふたたび」。実は、2001年にリリースした『水の音楽 オンディーヌとメリザンド』でもマスタータープで同様の、もっと深刻なトラブルが起きていたのである。

このときは、立ち会い編集を終え、マスタリングしたあと、『レコード芸術』誌の編集部からダットに落としたものを求められた。インタビューと紹介記事のために必要なのだという。早速、手配してもらった。

翌日編集部から、どうも変だと電話がかかってきた。曲目表では11曲収録されていることになっているのに、インデックスが10本しか立っていないのだという。私のところにはダットを聴く装置がないのでCD-Rの形で送ってもらい、聴いてみた。すると、録音したはずのショパン『バラード第3番』が影も形もないのだ! それだけではない、リスト『波を渡る聖フランシスコ』の一部でオクターヴの音が重なっているように聞こえる部分がある。

びっくりたまげて、すぐにディレクターに連絡した。
これが、一回めの「オンディーヌの呪い」、別名コンピューター・ミスである。

どうも、何かの手違いで、11曲あるのに、インデックスを10本しか立てなかったらしい。それで、コンピューターが勘違いして、中の一曲をとばしてしまった・・・。

稀に起こることです、とディレクターさんに言われた。音がダブっているほうは編集ミスということだったが、私が最終バージョンを確認したときは、断じてどこもダブったりしていなかったのである。そのあと、マスタリングのときか、ダットに落とした段階か、とにかくどこかで「何か」が起きたのだ。

『水の音楽』のときは『レコード芸術』編集部がインデックスの本数に気づいてくれたのでことなきを得たが、今回はリリース前日まで発見されなかったので、すでに購入した方もいらっしゃるかもしれない。

それにしても、どうして、よりによって「オンディーヌ」なのだろう。

曲のイメージ源は、ドイツ・ロマン派の詩人ド・ラ・モット・フケーの『ウンディーネ』である。人間の男と結婚した水の精が、男の裏切りにあって水の底に姿を消す。元夫の結婚式の日、噴水となってあらわれたウンディーネは、不実な男に死の接吻を与える。

音の消失は、ちょうど細かいアルペッジョが噴水のように吹き上げる部分に当たる。

消えたオンディーヌの謎。まさに、「神秘なCD」になった。

投稿日:2012年9月2日

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