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ピアノ・コンサート

大田黒公園・記念館 ピアノ・コンサート 

2001.11.4.(日) 
大田黒公園記念館/杉並区荻窪 3-33-12 


――大田黒公園・記念館でのコンサート開催のいきさつ――

一世紀の眠りから覚めた「大田黒記念館のピアノ」。
故・大田黒元雄氏に思いを馳せ、ゆかりのドビュッシーを弾く。

昨年の秋のこと。いつものように新聞に目を走らせていた青柳は、「蘇る100歳のピアノ」という見出しにくぎづけになりました。それは、家からそう遠くない杉並区荻窪の大田黒記念館に、あるじ亡きあと静かに眠っていた一台のグランドピアノが、近隣の女性市民グループ「座・大田黒」のメンバーによって麗しき音色を取りもどした、という朝日新聞の次のような記事でした。

――大田黒公園は、日本に初めてドビュッシーらを紹介した音楽評論家である故・大田黒元雄氏(1893〜1979)の屋敷跡であり、公園の一角にたたずむレンガ色の洋館「記念館」は氏の仕事部屋だった。ピアノは、19世紀末に製造されたスタインウェイ。かつて大田黒元雄氏が住まっていた古い洋館の窓際に置かれていた。館に足を踏み入れた市民グループ「座・大田黒」のメンバーが、そっと鍵盤にふれると、音階は狂っているものの往年の風格が漂い、晴れやかな音色に心がときめく。無償で引き受けてくださる調律師が見つかり、クーラーのない夏に、汗だくで弦を張りかえる作業。見事な旋律が蘇った。手厚く修復されて一年。メンバーの熱意が実を結び、ついに11月「100歳の時を刻み蘇るピアノ」と題したコンサートが開催される。(朝日新聞2000年10月31日)

大田黒元雄氏は、ロンドン大学に学び、1914(大正4)年に「バッハよりシェーンベルヒ」を発表して論壇にデビューした方です。この1914年という年は、シェーンベルクの代表作「月に憑かれたピエロ」初演のわずか 2 年後、ストラヴィンスキーの「春の祭典」が初演され、20世紀音楽がはじまったとされる1913年の翌年にたります。そんな時期に、いち早く時代の旗手となる作曲家をとりあげ、バッハからはじまるクラシック音楽の流れの中に位置づけた大田黒氏の眼力がいかにすぐれていたか、おわかりになると思います。

1916(大正6 )年に雑誌「音楽と文学」を発刊した大田黒氏は、諸芸術に造詣の深い方でした。青柳いづみこにとって氏の「ドビュッシー」は、最初の本格的な研究として貴重な資料となっています。祖父瑞穂も、詩人
堀口大学を通じて大田黒氏の薫陶を受けた一人です。堀口が編纂した第一書房刊の文芸雑誌「パンテオン」には、若き日の瑞穂も詩や翻訳を寄稿していますが、「反骨の出版人」といわれた長谷川巳之吉の主宰する第一書房に絶大なる資金を援助し、また、海外の音楽事情、出版事情をリアルタイムで紹介したのが大田黒氏でした。

青柳は、折しも出版したばかりの祖父の評伝『青柳瑞穂の生涯−真贋のあわいに』を同封し、コンサートを聴かせていただきたい旨を手紙にしたためました。こうして大田黒記念館での初のコンサートに招かれ、いにしえの名器スタインウェイと遭遇。そして、今秋、「座・大田黒」の方々のご要望で、大田黒氏が弾いていらした貴重なピアノを弾かせていただくことになりました。

青柳いづみこ著『青柳瑞穂の生涯――真贋のあわいに』64頁〜67頁に、大田黒元雄氏に関連の記載があります。

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