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第13回 五本指のための
ドビュッシーはチェルニーが嫌いだったらしい。
ピアノのための『12の練習曲』第一番、「五本指のための」の冒頭には「チェルニー氏に倣って」と書きつけられている。
嫌いどころか尊敬していたんじゃないですかって?
ご冗談。
ドビュッシーというのは希代の皮肉屋で、言っていることや書いていることをそのまま受け取ってはならないのだ。
「五本指のための」の冒頭は、まさにチェルニーのエチュードよろしく、左手の五本指がハ長調の音階を弾いている。しかも「おとなしく」という表情記号までついている。
この曲を弾く人は、音大の学生さんでも偉い演奏家でも一律に、まるでピアノを習いたての子供のように、五本の指をおいっちおいっちに動かさなければならない。ころばないように! タッチをそろえて! そんな先生のどなり声がきこえてきそうだ。
しかし、ドビュッシーはすぐにいたずらっ子の本領を発揮する。あいている右手が、ボクひまだもん、とでも言うように全然合わない音でボン。それに合わせて、それまでおとなしく何のへんてつもない音階を弾いていた左手も、ジーグ風のパッセージを弾きはじめる。
キーが変わってト長調になり、また左手が「おとなしく」音階を弾きはじめるが、すぐに右手がまぜっかえし、トランペットのようなパッセージをブイブイさせる。ついに左手もキレて、右手といっしょにあらぬ方向に行き、ジーグが発展してまじめな「ピアノのおけいこ」は台なしになってしまう。
ドビュッシーのチェルニー嫌いには理由がある。ピアノの手ほどきを受けた先生は、一説にはショパンのお弟子さんだったといわれる上流階級の婦人で、ドビュッシーにショパン特有のピアノ理論を教え込んだ。
「五本の指は長さもつき方も違うのだから、それを均等に動かそうと考えるほうがおかしい」とショパンは弟子たちに力説した。
「とくにチェルニーなどの教則本が全部ハ長調からはじまるのはナンセンスである」
見ての通り、ハ長調というのはすべての指が白鍵の上に乗る。しかし、指のほうの高さはまちまちだから、タッチをそろえるのは至難の業だ。親指にゴツンとアクセントがついたり、短い小指がよろけたり。
そのむずかしさを、ドビュッシーの「五本指のための」を弾くピアニスト全員が味あわされることになる。
ショパンは、長い三本の指が黒鍵に乗り、端っこの短い指は白鍵に落ちる「ミ・ファ♯・ソ♯・ラ♯・シ」という独特な音型を考え出し、自分の作品もそれにのっとって書いた。ショパンの作品には、妙にシャープやフラットがたくさんついた調性で書かれているものが多いのは、そのためだ。
音階も、黒鍵が多い嬰ヘ長調や変ニ長調を最初に練習し、シャープやフラットを徐々に取っていって、最後に「いちばんむずかしい」ハ長調を練習するように指導していた。
実は、ドビュッシーの「五本指のための」にも、ショパンが考案した音型が出てくる。中間部の左手に出てくる「ファ♭・ソ♭・ラ♭・シ♭・ド♭」がそれで、エンハーモニック転換すればさっき書いた音型と同じ音になる。
そして、曲の終わりは、変ニ長調で書かれた快速の音階でしめくくられている。「五本指のための」じたいはハ長調なのに、わざわざ変ニ長調の音階。
長い指が黒鍵に乗り、短い指は白鍵に落ちる、この音型なら、こんな速さでも無理なく指を走らせることができるでしょう? とでもいうように。「自分は、ショパンのお弟子さんから直伝の秘法を習ったのだ」というドビュッシーのひそかな自負が伝わってきそうだ。
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