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執筆&インタビュー

連載「6本指のゴルトペルク」/「図書」 2008年4月号

  第22回  あの瞬間が・・・

今年は、私が研究している作曲家クロード・ドビュッシーの没後九十周年にあたる。三月、五月、七月、九月と浜離宮朝日ホールで四回連続リサイタルを開催するので、音楽雑誌等でインタビューを受ける機会が多い。
  考えてみればインタビューというのも奇妙なものだ。音楽評論家、音楽ライター、記者など、初対面の方や、コンサートでときどきあいさつするぐらいの方に向って、いきなり一〜二時間の間、集中して自分のことや自分のやろうとしていることをお話しする。普通の会話なら、こんなふうにあるテーマだけにしぼってしゃべることもないし、ひとつのことだけを執拗に問われることもないだろう。
  質問の内容はテーマだけではなく、そのテーマを選んだ本人にも向けられるから、自分の来し方来歴をしゃべったり、モノの考え方・感じ方の変遷を語ったりすることになる。
  インタビューが終わり、訊き手の方がレコーダーを止め、「ありがとうございました」と言ったとたん、不安になる。これでよかったのかしら? 何か質問をとりちがえていないだろうか? こちらの言いたいことをきちんと理解していただけただろうか?
  人間が「会う」というのはどういうことなのか、とも考える。インタビューされるのは、会ったうちにはいるのだろうか? 一時間も二時間もかけて説明してもわかったもらえたかどうか不安になるというのは、結局会っているうちにはいらないのではないだろうか。
  煎じ詰めていくと、音楽家というのは言葉を信用していないんだと思う。言葉を越えた「会い方」を知ってしまっているから。ひとことも言葉を発しなくても、人間にはわかりあえる瞬間があることを−−それは誰だって知っているだろうが、そういう瞬間を音楽を通していつも「体感」している種族だから。
  私の最短の「瞬間出会い」は、たった一秒である。一九九〇年、私は『残酷なやさしさを求めて』というタイトルで邦人作品によるリサイタルを開き、武満徹さんのピアノ曲を何曲か弾いた。
  存命作曲家の作品を弾くときは、解釈について検討するために作曲家本人のもとへレッスンに行くのが普通だが、私は武満作品ではそれをしなかった。武満さんの音楽は楽譜から得る情報がすべてを語っているという確信のようなものがあったからだ。
  演奏会当日、都合が悪くて聴きに行けないからと武満さんからバイオレット系の美しい花束が届けられた。終了後、私はお礼のお手紙を書いたが、演奏テープは送らなかった。
  その演奏会が平成元年度の文化庁芸術祭賞をいただき、授賞式から少したったころ、何かのパーティ会場で武満さんとすれ違った。といっても、場所は廊下で、武満さんが通過中の廊下は私が歩いている廊下とワンブロック隔てられ、間をつなぐ通路の向こうに武満さんの姿を認めてそちらを向いたら、武満さんも同じタイミングで振り向いた。
  ほんの一瞬、顔を見合わせ、お互い近づこうかどうしようか逡巡したがそのまま通りすぎた。
  それだけである。
  近づいて行ったら、たぶん私は演奏させていただき、賞までいただいたお礼を述べ、武満さんは弾いてくれてありがとうとかなんとか・・・儀礼的なあいさつに終始しただろう。でもこちらは、すでにステージで武満さんの作品と親しくなってしまっている。いっぽう、人間同士のつきあいとしては初対面だ。そのすきまを言葉で埋めるのは、不可能に近い。埋めないほうがいい、そう判断したのかどうか。

  ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』(豊島与志雄訳)は文庫にして全四巻(しかも、一冊が六百ページ超)の大河小説で、読者は否応なしに饒舌な言葉の氾濫に巻き込まれるわけだが、私が好きなのは、不思議にも「瞬間出会い」のシーンである。
  クリストフがアントワネットに会ったのは、ドイツのある町で『ハムレット』の芝居を観た折りだった。フランスの俳優一座(おそらく、モデルはサラ・ベルナールであろう)による公演で、クリストフも興味はいだいていたが、チケットを入手するには至らなかった。そこに、友人のマンハイムから上等のボックス席が与えられたのである。
  音楽雑誌を主宰しているマンハイムはユダヤ人銀行家の息子で、父親からことづかって資産家一族にチケットを届けるところだったが、自分の役目にどうも乗り気になれなかった。そのとき、クリストフとばったり会ったというわけである。
  ボックス席の処理に困ったクリストフは、同伴者を見つけられないまま劇場に行く。すると、質素な身なりをした若い娘がチケット売り場でうろうろしているのを見かけた。座席は完売だったのである。
  クリストフは外国人らしいその娘に、いっしょにボックス席で劇を観てくれと頼む。最初は固辞していた娘だが、クリストフの磊落そうな様子にほだされて同行する。
  マンハイムの桟敷は真正面で、どこにも隠れるところがなかった。ヨーロッパの劇場のボックス席にどんな意味があるのか。そこを買い占めるほどの人物がどんな連れとあらわれるか、どんなふるまいをするか、きっと社交界でもちきりの話題になるにちがいない。
  しかしクリストフは、人々の視線にはおかまいなく、サラ・ベルナールとおぼしき女優があろうことかハムレットに扮しているのを見て悪態をつく。朗誦するようにせりふを喋る独特の口調も彼を激怒させる。となりのボックス席から黙れ! という声が返ってくる。連れの娘は恐ろしさに身をひき、なるべく彼のほうを見ないようにしていた。
  おまけにクリストフは、オフェリア役の若い女優を見たとたん、すっかり彼女に魅せられてしまい、同伴者にはおかまいなく桟敷から身を乗り出して見入っている。
  幕間になってやっと娘の存在を思い出したクリストフは、いたたまれない思いをしているにちがいない娘に不作法をわびる。「僕は思ってることを隠すことができないんです。それにまた、あまりひどすぎたんで・・・。あの女が、あの婆さんが・・・。」
  ところで、『ハムレット』を演じていたころのサラ・ベルナールは五十五〜六歳で、そんなに高齢というわけでもないと思うが。
  娘と短い会話をかわすうち、クリストフは彼女がフランス人であることを知る。どこまでも無礼なクリストフは、「ほんとうにあなたはあのオフェリアと同じ国の人ですか」などと放言し、「あれは実にきれいですね!」とつけ加えるのだった。
  しかし、不思議なことに娘は少しも気を悪くしていない。こんなときの若い女性の心理はわかるような気がする。相手はあきらかに自分よりずっと身分が上の青年だ。なのに、とりすましてなどいないで、むしろ、行儀が悪く多少常軌を逸しているように見える。そのやんちゃさに、思わず知らず母性本能をくすぐられたりもする。
  芝居がはねると、クリストフはフランス娘を置き去りにして帰ってしまい、翌日オフィリア役の女優に会いに行き、しばらくつきあう。一座が次の興行地に発つことになり、クリストフは女優を送ったあと、列車に乗って自宅に向う。
  「瞬間出会い」はこのとき起きたのである。中間のとある駅で、反対側の列車のちょうど正面の車室に、クリストフはハムレットの芝居でいっしょになった娘を発見する。彼女の方でもクリストフを認め、二人ともびっくりしてしまった。
  男のほうは申し訳ないという気持ち、女のほうはほのかな恋ごころ?
  「彼は躊躇した。言いたいことを頭の中で整理した。そして彼女に言葉をかけるために、車室の窓を開けようとすると、発車の笛が鳴った。彼は話すことをあきらめた」

  ここから永遠の数秒間がはじまる。言葉が使えないとなれば、目しかない。二人は車室の窓に顔をくっつけ、たがいの目の中をじっとのぞき込む。窓をあけて腕を差しのべたら、指先ぐらいは届くかもしれない距離だった。しかし、もう遅い。列車は動きだした。
  「たがいに別れる今となっては、彼女はもう臆しもしないで、彼をながめつづけた」
  この娘がアントワネットだった。翌日クリストフは、彼女が本来桟敷を占めるべき資産に雇われたフランス語家庭教師で、それが原因で解雇され、前日は荷物をまとめて故国に帰るところだったことを知らされる。
  『ジャン・クリストフ』は大河小説だから、ここでロマン・ロランの筆は時代をぐっとさかのぼり、アントワネットとその弟オリヴィエの幸せな幼年時代から父親の自死と破産、母の死・・・と苦難の道すじをたどったあと、ふたたびクリストフと邂逅させている。
  ある日、アントワネットがオリヴィエと「クリストフ・クラフト」という新進作曲家の作品演奏会に行ってみると、シャトレ座のステージに出てきたのは、あの『ハムレット』のときの青年だった。妥協を許さない作風と過激な言動のためにドイツでの活動がにっちもさっちも行かなくなったクリストフは、新天地を求めてパリに出てきていたのだ。
  クリストフの交響曲は罵声を浴びるが、オリヴィエは彼の天才に魅了される。弟が買ってきたクリストフの歌曲集を開いたアントワネットは、ひとつの楽曲の冒頭にドイツ語の献辞を発見して胸を衝かれる。
  「わが親愛なる憐れなる犠牲者へ」
  その日付は、『ハムレット』の芝居を観た日になっていた。
  甘い切ない夢想と覆いかぶさってくる憂愁に浸され、アントワネットは夜を明かした。その後まもなくアントワネットは急性の肺結核で亡くなるが、彼女の想いはクリストフと無二の親友になったオリヴィエにひき継がれる。
  互いによく知らないまま見あったその瞬間、若い男女は、いつもいっしょにいる人から見られるのとはまったく違った見方で、お互いを見たのだ、とロマン・ロランは書く。
  「すべては過ぎ去る。言葉や接吻や恋しい肉体の抱擁などの種々の思い出は。しかしながら、数多の一時の形象の間で、一度触れ合ってたがいに認める魂と魂との接触は、けっして消え失せるものではない」
  ここがすばらしい。肉体の接触より濃密な「魂と魂の接触」こそが、音楽の正体なのだ。音楽を演奏するとき、聴くとき、立ちのぼってくるものなのだ。音楽が、人の心にしまわれている数々の秘めた思いをひきだす力をもっているのは、まさにこの作用のためなのだ。
  『ジャン・クリストフ』は音楽家を主人公にした音楽小説だが、同時に、音楽現象というものを見事に言語化した作品でもある。クラシックはよくわからないから、とか長くてむずかしそうだから(たしかに・・・)という理由でこの書を遠ざけるのは、人類がつくりだした富のうちでもっとも豊かなものを知らずにすませることになるだろう。
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